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ブルガリア旅行記 1

東欧の古い教会を訪ねて⑪ ~ブルガリア コプリフシティツァ編~

リポーター:旅だいこん
旅行スタート日:2010/01/14
旅行終了日:2010/01/14

bulgaria 今回の旅行も、いよいよ明日が帰国の日。今回も満足の東欧訪問となりました。で、一日余裕ができたので、せっかくなのでソフィアから日帰りで行けるところに行こうと、ガイドブックを見たところ、この“コプリフシティツァ”が目に留まりました。ここは、小さな街ですが、古く豪華な邸宅が残り、ゆっくりとした時間の流れを感じることができます。この時期は、あまり観光客もおらず、のんびりできました。一日でゆっくりと訪れることができる街なので、もしよかったら、訪ねてみてください。 行程 11日目:ソフィア→コプリフシティツァ→ソフィア(鉄道) ※この時期は、鉄道駅についても、街に向かう手段がほとんどありません。私は運良く路線バスをつかまえることができましたが、ソフィアからバスで行くことをお勧めします。

bulgaria 朝9時過ぎの列車に乗って、コプリフシティツァに向かいました。ご覧の通り、列車は最新式で、快適そのものです。 前日、ホテルの人にコプリフシティツァの行き方を尋ねたところ、バスはなく、列車のみとのこと。地元の人が言うのだからと、列車で行くことにしました。この判断によって、後に慌てることになりましたが!


bulgaria コプリフシティツァ駅の到着。この駅で降りた乗客は私一人。ちょっと不安になりました。


bulgaria 乗ってきた列車です。次の駅に向かいました。


bulgaria 彼は、この駅の駅長さん。 この駅の周辺には、家、店を含め、全く建物が無く、山の中にポツンと駅がある感じです。彼に街へ行く手段を聞いたところ、「ない」のひとこと。当然バスもいませんでした。「国道に出るとホテルがある」とも言っていたので、とりあえず国道を歩き、最悪ヒッチハイクでもしよう心に決めました。


bulgaria 国道に出てすぐ、運良く路線バスを発見。猛ダッシュで手を挙げて、乗せてもらいました。もしも、このときこのバスに乗ることができなかったら、10km近くの寂しい山道を歩くはめになっていました。助かったぁ~!


bulgaria コプリフシティツァのアウトガラです。帰りはバスにしようと、時間を調べようとしても、全く文字が解りません。隣の店の人に聞いても、さっぱり。う~ん、無事に帰ることができるだろうか?


bulgaria 見ての通り、ブルガリアの田舎町です。


bulgaria ここでも馬車が活躍中!


bulgaria 日本の田舎にもあるような、木造の立派な住宅がありました。


bulgaria 街の中央広場につきました。


bulgaria 中央広場にありました。


bulgaria 何故か、ツーリストインフォメーションが閉まっていたので、このお土産屋で6つの邸宅の共通入場券を購入しました。


bulgaria 石畳の道を進みます。少々膝にきました。


bulgaria まずは一軒目、正面の装飾がきれいです。昔のお金持ちの雰囲気が出ています。


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bulgaria 家の中に入ってみました!


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bulgaria 次の家に向かう途中、アンティークショップを見つけました。


bulgaria つい、ここがどこの国か解らなくなります。


bulgaria おしゃれな家でしたね!


bulgaria 二軒目に到着!


bulgaria 井戸を発見。使っているのだろうか?


bulgaria この家は、生活感に溢れています。


bulgaria


bulgaria かわいらしい内装です!


bulgaria 古いタンスです。日本のものと、ほとんど同じようです。


bulgaria 三軒目に向かいます。


bulgaria この門をくぐると、


bulgaria 街の教会でした。


bulgaria 青がきれいです。


bulgaria 3軒目に到着。


bulgaria


bulgaria この家は、窓の装飾に特徴があります。


bulgaria 部屋毎に、青、黄色、緑など、5色のカーテンで飾られています。


bulgaria 暗くて解りにくいですが、天井の装飾も見事です。


bulgaria 天井にこのような彫刻もあります。


bulgaria 次の家に向かう途中、こんなカラフルな民家を見つけました。


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bulgaria 目指す家はどちらでしょうか?


bulgaria 4軒目に到着!


bulgaria 中の様子です。


bulgaria ゴージャス!


bulgaria 天井も素晴らしい。


bulgaria 自慢の品も展示しています!


bulgaria 次の家に向かう途中、おしゃれな建物を発見。


bulgaria この街の銀行です。街の外観に合わせています!


bulgaria この家が売りに出されていました。定住を考えている人はどうぞ!


bulgaria 5軒目に到着!


bulgaria この黄色の母屋と、もう一つの建物からなります。


bulgaria 昔の生活を少し思い浮かべてみました。


bulgaria 奥の建物にも入ってみます。


bulgaria この部屋もおしゃれです。


bulgaria 家屋に直接描かれた絵画!


bulgaria 最後の6軒目に向かう途中に、おしゃれなホテルを見つけました。


bulgaria 最後の6軒目に到着。この家は。特別に装飾されることもなく、落ち着いた雰囲気を出しています。


bulgaria 建物の内部も、落ち着いた雰囲気とおしゃれさを醸し出しています。


bulgaria


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bulgaria 日本家屋に似ています!


bulgaria この家の近くに、この像がありました。


bulgaria 今日の街歩きも終了! ソフィアへと帰ります。


bulgaria コプリフシティツァ駅に無事到着。実は、帰りのバスの時間を勘違いして、アウトガラで途方にくれていたところ、写真真ん中のおばちゃんから声をかけられ、駅まで連れて来てくれました。助かった~! 無事に列車にも間に合い、ソフィアへと向かいます。


bulgaria 帰りの列車も、この最新式です!


bulgaria この小さな街にも、いろんなものが詰まってました!




ブルガリア旅行記 2

東欧の古い教会を訪ねて⑨ ~ブルガリア ソフィアの街並編~

リポーター:旅だいこん
旅行スタート日:2010/01/13
旅行終了日:2010/01/13

ブルガリア
bulgaria いよいよ今回の旅の最終目的地、ソフィアへ到着。ほっとするのと同時に、「いよいよ最後か」という思いも強くなり、帰国の日が近づく現実で少々寂しくなりました。でも、長年訪ねてみたかった「リラの僧院」が近づいたことで、気持ちも高ぶってきました。 行程 10日目:ブカレスト→ソフィア(夜行列車)

bulgaria 朝6時4分、時間どおりにソフィアに到着。ルーマニアの入国スタンプがなかったので、パスポートを見られているときは、非常にドキドキしましたが、あっけなくスタンプを押され、拍子抜けしました。


bulgaria 朝のソフィア駅。人もそこそこいましたが、タクシーの客引きが最も多かったです。


bulgaria


bulgaria ソフィア駅の隣にある、アウトガラ(長距離バスターミナル)


bulgaria 旧共産党本部。元共産圏の国では、どこも最も立派な建物は、この建物です。


bulgaria あるビルの入り口にあった、エンブレム。 意味は解りませんが、かっこいいです!


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bulgaria 夕食がてら、夜の街歩きに出かけました。特に心配なことはありませんでした。


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bulgaria ツムデパート。この国で最大のデパートだけあり、中の店も多く品揃えも充実していました。値段については、世界共通で、少々高め!


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bulgaria セントラル・ハリ。商店街といった感じです。この中の2階にある、ファーストフードはおいしかったですね!


bulgaria アレクサンダルネフスキー教会。美しいの一言!


bulgaria 狛ライオンです。


bulgaria いよいよ帰国。ソフィア空港に到着しました。 なお、国内線と国際線は別ターミナルで、1kmほど離れています。また、悪評高い、ソフィアのタクシーですので、ホテルの人にタクシーを捕まえてもらいました。ホテルマン曰く、悪いタクシーは2~3倍はぼるそうです。ちなみに、わたしは約600円程度で、適正価格だそうです。


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bulgaria 数多くの航空会社が乗り入れています。


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bulgaria このピアノは展示品かと思ったら、


bulgaria 何と分解されていました。輸送貨物のようです。


bulgaria 数多くの飛行機が並んでいます。


ブルガリア 写真2

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ブルガリア 情報

ブルガリア

ブルガリア共和国(Republic of Bulgaria)、通称ブルガリア(ブルガリア語:”:bg:България България”)は、東ヨーロッパの国。首都はソフィア (ブルガリア) ソフィア。バルカン半島に位置し、北をルーマニア、西をセルビア、マケドニア共和国 マケドニア、南をギリシャ、トルコと隣接し、東を黒海に面している。
略名 ブルガリア
日本語国名 ブルガリア共和国
国旗画像 Flag of Bulgaria.svg
国章画像 Image:Bulgaria coa.png 100px ブルガリアの国章
国章リンク (ブルガリアの国章 国章)
位置画像 LocationBulgaria.png
公用語 ブルガリア語
首都 ソフィア (ブルガリア) ソフィア
最大都市 ソフィア
元首等肩書 ブルガリアの大統領 大統領

ブルガリア共和国

『ブルガリア』より : ブルガリア共和国(Republic of Bulgaria)、通称ブルガリア(ブルガリア語:”:bg:България България”)は、東ヨーロッパの国。首都はソフィア (ブルガリア) ソフィア。バルカン半島に位置し、北をルーマニア、西をセルビア、マケドニア共和国 マケドニア、南をギリシャ、トルコと隣接し、東を黒海に面している。
略名 ブルガリア
日本語国名 ブルガリア共和国
国旗画像 Flag of Bulgaria.svg
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公用語 ブルガリア語
首都 ソフィア (ブルガリア) ソフィア
最大都市 ソフィア
元首等肩書 ブルガリアの大統領 大統領

ブルガリアの下院

『ブルガリア』より : ブルガリア共和国(Republic of Bulgaria)、通称ブルガリア(ブルガリア語:”:bg:България България”)は、東ヨーロッパの国。首都はソフィア (ブルガリア) ソフィア。バルカン半島に位置し、北をルーマニア、西をセルビア、マケドニア共和国 マケドニア、南をギリシャ、トルコと隣接し、東を黒海に面している。
略名 ブルガリア
日本語国名 ブルガリア共和国
国旗画像 Flag of Bulgaria.svg
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公用語 ブルガリア語
首都 ソフィア (ブルガリア) ソフィア
最大都市 ソフィア
元首等肩書 ブルガリアの大統領 大統領

ブルガリア国民議会

『ブルガリア』より : ブルガリア共和国(Republic of Bulgaria)、通称ブルガリア(ブルガリア語:”:bg:България България”)は、東ヨーロッパの国。首都はソフィア (ブルガリア) ソフィア。バルカン半島に位置し、北をルーマニア、西をセルビア、マケドニア共和国 マケドニア、南をギリシャ、トルコと隣接し、東を黒海に面している。
略名 ブルガリア
日本語国名 ブルガリア共和国
国旗画像 Flag of Bulgaria.svg
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公用語 ブルガリア語
首都 ソフィア (ブルガリア) ソフィア
最大都市 ソフィア
元首等肩書 ブルガリアの大統領 大統領

ブルガリア首相一覧

ブルガリア首相一覧は、ブルガリアの歴代首相の一覧である。
所属政党
トドール・ストヤノフ・ブルモフ
1879年7月17日
1879年12月6日
保守党
クリメント・ツルノフスキー大司教
1879年12月6日
1880年4月7日
保守党
ドラガン・キリコフ・ツァンコフ
1880年4月7日
1880年12月10日
自由党
ペトコ・カラヴェコフ

ブルガリアの首相

『ブルガリア首相一覧』より : ブルガリア首相一覧は、ブルガリアの歴代首相の一覧である。
所属政党
トドール・ストヤノフ・ブルモフ
1879年7月17日
1879年12月6日
保守党
クリメント・ツルノフスキー大司教
1879年12月6日
1880年4月7日
保守党
ドラガン・キリコフ・ツァンコフ
1880年4月7日
1880年12月10日
自由党
ペトコ・カラヴェコフ

ブルガリア君主一覧

ブルガリア君主一覧
本項目では、ブルガリアの君主を掲げる。君主の称号は、はじめはハーン(汗)、キリスト教化したボリス1世のときから王(クニャス)、次いでシメオン1世のときから皇帝(はじめはギリシャ語の”バシレウス”、後にスラヴ語の”ツァーリ ツァール”)が用いられた。一般に「ブルガリア王国」と呼ばれる近代ブルガリアでも、独立後の君主の称号は皇帝(ツァール)であった。
年号は、在位年を示す。ただし、8世紀頃までのハーンたちの在位年はおよそである。
アッティラ(Avitokhol, Attila)(伝説では153年 - 453年。史実では445年 - 453年)
イルニク(Ernakh)(伝説では453年 - 603年。史実では453年 - 503年)

ブルガリアの国王

『ブルガリア君主一覧』より : ブルガリア君主一覧
本項目では、ブルガリアの君主を掲げる。君主の称号は、はじめはハーン(汗)、キリスト教化したボリス1世のときから王(クニャス)、次いでシメオン1世のときから皇帝(はじめはギリシャ語の”バシレウス”、後にスラヴ語の”ツァーリ ツァール”)が用いられた。一般に「ブルガリア王国」と呼ばれる近代ブルガリアでも、独立後の君主の称号は皇帝(ツァール)であった。
年号は、在位年を示す。ただし、8世紀頃までのハーンたちの在位年はおよそである。
アッティラ(Avitokhol, Attila)(伝説では153年 - 453年。史実では445年 - 453年)
イルニク(Ernakh)(伝説では453年 - 603年。史実では453年 - 503年)

ブルガリア国王

『ブルガリア君主一覧』より : ブルガリア君主一覧
本項目では、ブルガリアの君主を掲げる。君主の称号は、はじめはハーン(汗)、キリスト教化したボリス1世のときから王(クニャス)、次いでシメオン1世のときから皇帝(はじめはギリシャ語の”バシレウス”、後にスラヴ語の”ツァーリ ツァール”)が用いられた。一般に「ブルガリア王国」と呼ばれる近代ブルガリアでも、独立後の君主の称号は皇帝(ツァール)であった。
年号は、在位年を示す。ただし、8世紀頃までのハーンたちの在位年はおよそである。
アッティラ(Avitokhol, Attila)(伝説では153年 - 453年。史実では445年 - 453年)
イルニク(Ernakh)(伝説では453年 - 603年。史実では453年 - 503年)

ブルガリア王

『ブルガリア君主一覧』より : ブルガリア君主一覧
本項目では、ブルガリアの君主を掲げる。君主の称号は、はじめはハーン(汗)、キリスト教化したボリス1世のときから王(クニャス)、次いでシメオン1世のときから皇帝(はじめはギリシャ語の”バシレウス”、後にスラヴ語の”ツァーリ ツァール”)が用いられた。一般に「ブルガリア王国」と呼ばれる近代ブルガリアでも、独立後の君主の称号は皇帝(ツァール)であった。
年号は、在位年を示す。ただし、8世紀頃までのハーンたちの在位年はおよそである。
アッティラ(Avitokhol, Attila)(伝説では153年 - 453年。史実では445年 - 453年)
イルニク(Ernakh)(伝説では453年 - 603年。史実では453年 - 503年)

ブルガリア帝国

ブルガリア帝国(ブルガリアていこく)は、現在のブルガリアを中心にバルカン半島の東部を支配したブルガリア人の帝国である。アゾフ海沿岸の草原地帯から移住してきたテュルク系遊牧民のブルガール人によって建設された第一次ブルガリア帝国(681年 - 1014年)のもとでキリスト教を受け入れ、支配者のブルガール人と原住の南スラヴ人とが一体化してブルガリア人を形成、第二次ブルガリア帝国(1187年 - 1396年)のもとではイヴァン・アセン2世の時代に最大版図を実現したが、14世紀にオスマン帝国の度重なる侵略を受け、世紀の終わりまでに併合し尽くされて消滅した。
19世紀にオスマン帝国から独立して成立した近代ブルガリアも1908年から1946年までの王国時代にツァーリを国王の正式な称号とし、ブルガリア帝国と呼ばれることもある。

ブルガリアの歴史

ブルガリアの歴史を以下に記述する。
いまのブルガリアにあたる地域には古代にはトラキア人が居住していた。紀元前4世紀にはアレクサンドロス大王に征服され、ギリシア化した。さらに、紀元前1世紀には古代ローマ ローマの属州となった。
ローマの衰退にともないゲルマン民族のゴート人がこの地域に侵入。続いて遊牧民族のアヴァール人が侵入してきた。そして6世紀までにはスラヴ人(南スラブ人 南スラヴ人)が居住。これをテュルク系のブルガール人が征服にて681年にブルガリア帝国を建国した。ブルガール人は先住民族のスラヴ人と同化してブルガリア人を形成し、南方の東ローマ帝国からビザンティン文化を受容し、9世紀の終わりにはギリシア正教に改宗した。10世紀、シメオン1世のころには最盛期を迎えるが、東ローマ帝国のバルカン半島征服の結果、1018年にブルガリア帝国は東ローマ皇帝バシレイオス2世によって滅ぼされた。

ブルガリア語

nativename=Български език
states=ブルガリアとその周辺国
region=バルカン半島
speakers=1200万人
rank=88
family=インド・ヨーロッパ語族
スラヴ語派
南スラヴ語群
東部
ブルガリア語
nation=ブルガリア
agency=?
iso1=bg iso2=bul sil=bul}}
ブルガリア語(Български език)は、ブルガリアの公用語。インド・ヨーロッパ語族のスラヴ語派・南スラヴ語群に属し、マケドニア語とはきわめて近しい関係にあるとされる。ISO 639による言語コードは、2字がbg, 3字がbulで表される。
ブルガリアのほか、ルーマニア、セルビア・モンテネグロ、トルコ、ギリシア、ハンガリー、モルドバ、ウクライナ、ロシア、アメリカ合衆国 アメリカ、イスラエル、カナダなどで話されており、母語話者人口は900万人ほどである。

ブルガリア人の一覧

ブルガリア人の一覧( -いちらん)は、ブルガリア出身の著名人の一覧である。
ワシル・アプリロフ - 教育家、文筆家
マイケル・アーレン - 小説家。アルメニア人
イヴァン・ヴァゾフ - 詩人・作家・劇作家
ヴェッセリーナ・カサロヴァ - メゾソプラノ歌手
エリアス・カネッティ - 作家・思想家。ユダヤ系
リューベン・カラベロフ - 作家、民俗学者、独立運動家
ニコライ・ギャウロフ - オペラ・バス歌手
ユリア・クリステヴァ - 哲学者。ユダヤ系
クリスト - 美術家
琴欧州勝紀 - 大相撲力士
シメオン・サクスコブルクゴツキ - 元ブルガリア国王
トドール・ジヴコフ - 政治家
ゲオルギ・シシュコフ - ドイツで活動する哲学者

ブルガリア陸軍

陸軍司令官
陸軍副司令官
陸軍参謀長
*訓練担当参謀長補
*資源担当参謀長補
ブルガリア陸軍は、常備軍を指揮する作戦軍司令部、予備役の動員センターである西部、東部司令部、特殊部隊を管轄する特殊作戦軍司令部から成る。
作戦軍司令部
西部司令部
東部司令部
特殊作戦軍司令部
第68特殊戦力旅団 (ブルガリア陸軍) 第68特殊戦力旅団
空挺偵察連隊
心理作戦大隊
陸軍軍の階級一覧。
T-72 T-72M2 - 160輌(200輌弱が保管中)
T-55 T-55AM2 - 160輌(訓練に使用)
BRDM-2 - 36台
BTR-60 - 433台

ブルガリア自治公国

『大ブルガリア公国』より : 大ブルガリア公国(だいぶるがりあこうこく)は、1878年3月に露土戦争 (1877年) 露土戦争の講和条約として結ばれたサン・ステファノ条約によって、ブルガリアに成立した公国。ロシア帝国の地中海への南下政策を容易にするものであったためイギリス帝国 イギリス、オーストリア・ハンガリー帝国 オーストリアの反発を招き、同年7月のベルリン条約によって事実上3つに分割された。
サン・ステファノ条約によって、ブルガリアは自治公国としての地位を認められた。オスマン帝国はブルガリアから軍を撤退させることになり、ブルガリアの自治政府と帝国との関係は貢納のみと規定された。その領域も、マケドニアの一部を含み北はドナウ川から南は一部エーゲ海に面するまで拡張された。

ブルガリア公国

『大ブルガリア公国』より : 大ブルガリア公国(だいぶるがりあこうこく)は、1878年3月に露土戦争 (1877年) 露土戦争の講和条約として結ばれたサン・ステファノ条約によって、ブルガリアに成立した公国。ロシア帝国の地中海への南下政策を容易にするものであったためイギリス帝国 イギリス、オーストリア・ハンガリー帝国 オーストリアの反発を招き、同年7月のベルリン条約によって事実上3つに分割された。
サン・ステファノ条約によって、ブルガリアは自治公国としての地位を認められた。オスマン帝国はブルガリアから軍を撤退させることになり、ブルガリアの自治政府と帝国との関係は貢納のみと規定された。その領域も、マケドニアの一部を含み北はドナウ川から南は一部エーゲ海に面するまで拡張された。

ブルガリアの国歌

ブルガリアの国歌の名は愛しき祖国(ブルガリア語:Мила Родино (Mila rodino))。1885年にツベタン・ラドスラボフ (Цветан Радославов) により作詞作曲された。1964年に国歌に採用された。
:Горда Стара планина,
до ней Дунава синей,
слънце Тракия огрява,
над Пирина пламеней.
:Мила Родино,
ти си земен рай,
твойта хубост, твойта прелест,
ах, те нямат край.
:Gorda Stara planina,
do nej Dunava sinej,
slănce Trakija ogrjava,
nad Pirina plamenej.
:Mila Rodino,
ti si zemen raj,

ブルガリア内務省

ブルガリア内務省(Министерство на вътрешните работи;МВР)とは、ブルガリア共和国の内政を管掌する機関。警察機能の外、他の欧州諸国の内務省の例に漏れず、消防・災害救助、国境警備隊、憲兵等、広範囲な分野を受け持っている。
内務省傘下の国家保安庁は、共産政権時代、秘密警察・諜報機関として暗躍したことで知られている。特に、1978年の反体制派ゲオルギー・マルコフの暗殺、1981年のヨハネ・パウロ2世の暗殺未遂事件には、国家保安庁が関与していたとされる。現在、対外諜報機能は、大統領直属の国家情報庁として分離されている。
内務省は、各機能毎に6つの国家庁(Национални служби)から成る。

ブルガリアの国章

現在のブルガリアの国章は1997年に採用された。この国章は、共産主義による支配が終わった1990年代初頭から使われ始めていた。当時、国章に何を取り入れるかということについて、ブルガリア政府内では大きな論争があった。
紋章には、ライオンが描かれた盾を支えている二匹のライオンが描かれている。盾の上にあるのは、ブルガリアの皇帝イヴァン・アセン2世の冠である。盾のしたには国の標語『団結は強さを生み出す』がブルガリア語で書かれている。
三匹のライオンはそれぞれ、歴史的にも重要な地域である、トラキア、モエシア、マケドニアを象徴している。
ブルガリアの文化 *こくしよう
国章 ふるかりあ
be:Герб Балгарыі
be-x-old:Герб Баўгарыі
bg:Герб на България