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フィンランド 地図
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フィンランド旅行記 1
オーロラとサンタに逢いにフィンランドへ! ③
リポーター:育メン旅行スタート日:2010/12/16
旅行終了日:2010/12/20
ロヴァニエミ最終日!夜はヘルシンキへ向かいます。
再びサンタクロース村を訪問、一日かけてサンタ村を
満喫します。
◆サンタクロースと記念撮影
◆サンタ郵便局からクリスマスカードを送る
◆「ウィンターワンダーランド」で遊ぶ
◆クリスマスグッズの買い物
◆郷土料理サーモンの昼食
ロヴァニエミへ戻ります。
◆クリスマスマーケットで買い物
◆世界最北のマクドへ
◆ロバニエミ教会で本物の聖なる夜を
◆ラッピアタロのライトアップ
サンタクロースエクスプレスでヘルシンキへ!
◆サンタ・エクスプレス◆
再びサンタクロース村へ行きます。
駅でバス停を探してきょろきょろしていると、
ひと目でわかるド派手なバスが来ました。
運転手さんから往復チケットを購入し出発。
乗った時はガラガラでしたが、市街のバス停から
たくさんの人が乗り込み、満員となりました。
バスは、郊外の街を経由しながら、
サンタクロース村へむかいますが、
クリスマスの飾りに彩られた家々を
見ることでき、楽しく全く飽きません。
◆アイスバー◆
特別イベントとして、「ウィンター
ワンダーランド」をしてました。
入場料は10ユーロ、アイスバー&カフェ
・スノーボールシー(雪玉のプール)
・そり等ありました。
◆アイスホテル◆
氷のベッドとトナカイの毛布、横に
なれますが、泊まれません。
◆コタのカフェ①◆
お昼は、サンタクロースポストオフィスの
すぐ隣にある、コタのカフェへ行きました。
入口のサーモンの模型に「CAFE」と
書いてありました。
トナカイの角のドアを開けて中へ入るのが
おしゃれです。
◆コタのカフェ②◆
中へ入ると、ラップランドの民族衣装を着た
おじさんが一人で切り盛りしてました。
メニューはサーモンと飲み物のみ。
珈琲は暖炉にかけたやかんから淹れてくれました。
注文したサーモンもその場で切って
暖炉で焼いていただきました。
◆コタのカフェ③◆
注文したサーモン・ポテトサラダ・パンの
セットは、木のお皿にのってでてきます。
サーモンは塩をふって暖炉で焼いただけですが、
油がのってめちゃめちゃおいしかったです。
サーモンが結構大きいので、親子3人で食べて
2セットでちょっと多い位でした。
◆ショッピングアーケード◆
お店は、ありとあらゆる種類のクリスマス
・サンタクロースぐっずがあり目移りする
ばかりです。
ちょっと離れてますが、マリメッコのお店も
ポストオフィスの先にありました。
お店巡りに疲れたら、アーケードの2階にある
小さなカフェがお勧めです。
◆クリスマスキャンドル①◆
メニューは飲み物と数種の手作りのパン・ケーキ
のみのこじんまりとしたお店です。
英語、仏語、フィンランド語と数カ国を操る
マダムが珈琲を淹れてくれます。
カフェからは、サンタクロースオフィスが
よく見えます。
クリスマスキャンドル越しに見える、
ライトアップ された風景が実にきれいで、
ほっとします。
◆クリスマスキャンドル②◆
クリスマスの時期、サンタクロース村は
もちろん、ロヴァニエミやバスから見える
街々でクリスマスキャンドルをよく見かけます。
どうしても欲しくなり買おうと探しましたが、
ダメでした。
しかし、日本へ戻り「スウェーデンホーム
ギャラリー」というお店で購入できました。
今でも時々ライトをつけては、フィンランドを
思い出してます。
◆ライトアップ①◆
夜になるとライトアップされ、村全体が
幻想的な雰囲気包まれます。
やはり、サンタクロース村は夜までいる
ことがオススメです。
◆ライトアップ②◆
いつの間にか、建物の前にある木々が
きれいなクリスマスツリーに早変わりです。
◆マクドナルド①◆
ロヴァニエミへ戻り、クリスマスマーケットで
買い物をした後、世界最北のマクドナルドへ
向かいます。
◆ラッピアタロ◆
タクシーでロヴァニエミ駅へ向かう道すがら、
ロヴァニエミ教会へ寄り道しました。
クリスマス直前の教会は、思ったより地味
でしたが、北欧では最大級と呼ばれるキリストの
フレスコ画をみながら坐っていると
荘厳な雰囲気に包まれます。
教会から駅までは歩いて30分位です。
ビルの窓には「クリスマスキャンドル」が
たくさん飾られ本当ににきれいです。
途中、有名な建築家アアルトが手がけた
ラッピアタロを見ることできました。
写真でよく見るライトアップを目の当たり
にして感動です。
◆サンタクロースエクスプレス①◆
ヘルシンキへは、寝台列車で向かいます。
駅で待っていると続々と日本人がやってきました。
こんなに日本人がこの街にいたのかと
驚くほどでした。
外からみると、2階建ての車両はでかく、
しかも長いというのが印象的でした。
列車はアナウンスもベルもなく、静かに
定刻で出発しました。
◆サンタクロースエクスプレス②◆
31号車 2階 シャワー・トイレ付きの
タイプ、215・216の部屋へ乗り込みます。
シングル部屋はなく、一人で利用する時は
ツインのシングルユース(割高です)か
相部屋になるようです。
ノーザンエクプレスで予約すると、サンタの
イラストの入った素敵なチケットホルダーが
もらえます。
◆サンタクロースからの手紙◆
サンタクロースポストオフィスからは、
サンタクロース村の消印をおしたハガキを
だすことができます。
12/18にハガキを購入して、日本へ向け
投函したところ、12/25に届き、ぎりぎり
クリスマス間に合いました。
来年へ向けて、「サンタクロースからの手紙」も
オーダーしたので、今年のクリスマスに無事
届くか楽しみです。
◆サンタクロースエクスプレス③◆
(VRのHPの画像をお借りしてます)
ベッドは思ったより広く、荷物を置くスペースも
別にあり快適でした。
部屋のシャワーは汗を軽く流す程度でしたが、
さっぱりできて助かりました。
昨年、寝台列車「富士」の個室に乗りましたが
比較しても、設備・広さとも全く遜色ないです。
オーロラが見えるかもしれないと聞いたので
しばらく外をみてましたが、残念ながら
この日は現れませんでした。
かわりに、時々見えるクリスマスを迎える
家や街の灯りが実にきれいで幻想的でした。
今回の旅行では、この静かな時間が一番でした。
◆アイスカフェ◆
氷のテーブル&椅子でジュース・珈琲等
飲めます。
◆マクドナルド②◆
入口には、「ようこそ世界で一番北にある
マクドナルドへ」の看板とサンタクロースの
マークがありました。
日本と同じ「ハッピーセット」があり、
ここでしか食べられない「らい麦パンの
ハンバーガー」もあります。
(ルイスバーガーというそうですが
売り切れも多いと聞きました)
◆ロヴァニエミ駅◆
ホテルをチエックアウトし、今晩乗る
サンタクロースエクスプレスのチケットを
引き取りに、タクシーで駅へ向かいます。
荷物は駅のコインロッカーへ預け
(2ユーロ)ました。
駅の窓口は日本ように番号札をとって、
順番になったらいく形式です。
予約は「ノーザンエクスプレス」にお願い
しましたが、詳しい案内をもらったので
手続きも簡単でした!
◆ウィンターワンダーランド◆
(ロヴァニエミHPの写真を借りました)
2会場あり、別会場へ行ってみました。
さらに10ユーロ払って中へ入ると、
タイヤチューブのロング滑り台、
係のお兄さんと一緒に乗る子供用
スノーモービル、となかいのそり等
いました。
息子はタイヤチューブが気に入り、
一人で、たまには親子で、何十回と
チャレンジしてました。
◆サンタクロースと写真撮影◆
サンタクロースオフィスへ行き、
サンタさんと記念撮影。
このシーンはサンタクロース村のHPで
見ることができますが、自分たちの場面も
誰かが見ていると思うと不思議な気がします。
コンデジで写真を撮ることはできませんが、
記念写真かポストカードを購入することが
できます。
サンタさんに手紙を持っていくと、比較的
ゆっくり時間が過ごせるようです。
フィンランド旅行記 2
ヤムサ 2010.2.20
リポーター:bluemif旅行スタート日:2010/02/20
旅行終了日:2010/02/20
フィンランド
フィンランドのユバスキュラ近くのヤムサ(Jämsä)に日帰りダウンヒルスキーに行ってきました
フィンランドでスキーというと、クロスカントリースキーのイメージですが、ダウンヒルスキー場もしっかりありました
ヘルシンキからバスで片道3時間
この日は快晴でとてもよい天気でしたが、気温は-22度とても寒かったです
このスキー場「Himos」は、スキーやスノボーもレンタルできるので、手ぶらで日帰りスキーができる場所かもしれませんね
初心者なので、初級用のゲレンデで滑りましたが、距離が短いだけで、斜面はかなり急でした
リフトがボタン型やTバー型で、滑るよりリフトの方が緊張しました!
モーグルのコースもあるようで、この日はミニ大会も開かれていました
とにかく斜面が急です
でもまわりのフィンランド人はすいすいと滑ります
子どもはストックなしで・・・
とにかく寒かったですが、天気がよくて、空も地面も青く染まっていました
休憩所
暖かくてほっとします
フィンランド 写真2
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フィンランド
略名 フィンランド日本語国名 フィンランド共和国
国旗画像 Flag of Finland.svg
国章画像 ファイル:Coat of arms of Finland.svg 100px フィンランドの国章
国章リンク フィンランドの国章 国章
標語 なし
位置画像 Location Finland EU Europe.png
公用語 フィンランド語、スウェーデン語
首都 ヘルシンキ
最大都市 ヘルシンキ
元首等肩書 フィンランドの大統領 大統領
元首等氏名 タルヤ・ハロネン
首相等肩書 フィンランドの首相 首相
首相等氏名 マッティ・ヴァンハネン
面積順位 65
面積大きさ 1 E11
面積値 338,145
水面積率 9.4%
フィンランド共和国
『フィンランド』より : 略名 フィンランド日本語国名 フィンランド共和国
国旗画像 Flag of Finland.svg
国章画像 Image:Coat of arms of Finland.svg 100px フィンランドの国章
国章リンク フィンランドの国章 国章
標語 なし
位置画像 LocationFinland.png
公用語 フィンランド語、スウェーデン語
首都 ヘルシンキ
最大都市 ヘルシンキ
元首等肩書 フィンランドの大統領 大統領
元首等氏名 タルヤ・ハロネン
首相等肩書 フィンランドの首相 首相
首相等氏名 マッティ・ヴァンハネン
面積順位 63
フィンランドの歴史
フィンランドの歴史。より詳しい記述は各時代の記事を参考。最新の学説としては紀元前3000年に、この地にフィン人とサーミ人の共通の祖先が櫛目式土器文化を伴い移住して来たというものである。北ゲルマン語群との交流は既にこの頃から始まっている。しかし青銅器時代にはフィンランドから人影が極端に減少する。鉄器時代に入ると農業を営み始めたフィン人とトナカイの牧畜に特化したサーミ人(サーミ人も、マジャル人もフィノ・ウゴル族であるが共に意思の疎通は出来ない。フィンランド人とエストニア人とは今でも言葉が通じ合う)に分化し始める。サーミ人はアスベスト土器、繊維土器といった特有の文化を築いた。
フィンランド語
nativename=suomi / suomen kielistates=フィンランド
region=北ヨーロッパ
speakers=500万
rank=100位以下
family=ウラル語族
フィン・ウゴル語派
バルト・フィン語族
フィンランド語
nation=フィンランド共和国
agency=
iso1=fi
iso2=fin
iso3=fin
sil=FIN}}
フィンランド神話
フィンランド神話 は、18世紀まで口伝によって継承されてきた。フィン族はアニミズム 精霊信仰をベースに、世俗化はしたものの原始宗教的な伝説を守ってきた。狩り(ペイヤイネン:w:Peijainen Peijainen)や収穫、種蒔きといった儀式は、社会的イベントとして開催されたが、根底にある宗教的部分は全く欠落しなかったのである。
周囲の文化の緩やかな影響によって、単一神教的な考え方からウッコ 空神を主神格に上げたけれども、彼らにとっては空神も元来は他と同じ「自然界の存在の1つ」でしかなかった。
その名前が英語の意味合い上「色情的である」という理由で、「bear(熊・産む・実を結ぶ)」という単語は、決してフィン族によって口に出されなかった。フィン族にとって熊は祖先の化身と見られていた。そのため、フィン族が熊を呼ぶ時には、英語の「クマ公(Bruin)」に相当する婉曲表現("mesikämmen"/"otso"/"kontio"等)で呼んでいた。
フィンランド航空
航空会社 フィンランド航空ロゴサイズ
保有機材数 69機
目的地 75都市
IATA AY
ICAO FIN
コールサイン Finnair
親会社 Finnair Group
設立日 1923年
本拠地 フィンランド フィンランド共和国Vantaa
代表者 Jukka Hienonen (最高経営責任者 CEO)
ハブ空港 ヘルシンキ・ヴァンター国際空港
焦点都市
マイレージサービス Finnair Plus
ラウンジ Finnair Lounge
フィンランド・フェスティヴァルズ
フィンランド・フェスティヴァルズは、フィンランド国内で行われる様々な文化的催しを支援するために、1968年首都ヘルシンキに設立された協力組織である。観光業の一環として、ロビー活動やマーケティング、パブリック・リレーションズ PR、フィンランドの文化に関する教育などを担っている。組織には、2008年現在80ものイベントが登録されており、毎年多くの聴衆を獲得している。主に音楽の部門のフェスティヴァルが多いが、演劇や映画、視覚芸術など、その分野は多岐に渡る。
マルチアート・フェスティヴァル部門
フェイシズ・エトノフェスティヴァル(Faces EtnoFestival)
労働者音楽祭(Festival of Workers” Music)
ヘルシンキ・フェスティヴァル(Helsinki Festival)
ホーリーヒル音楽祭(Holy Hill Music Festival)
フィンランド内戦
ドイツ帝国スウェーデン義勇兵
ソビエト連邦
エーロー・ハーパライネン
クッレルヴォ・マンネル
1,400-1,650 処刑
46 不明
7,000-9,000 処刑
1,600-2,200 不明
1917年ロシア革命が起こると、フィンランド議会はこれを好機として1917年12月6日に独立を宣言した。ロシア革命により誕生したばかりのソビエト連邦 ソビエト政府にはこれを制圧する能力は無く、フィンランドの独立を認めた。独立後のフィンランド情勢は不安定であった。内政的には食糧不足による飢饉、高い失業率、不況といった問題を抱えていた。
自作農や資産家階級の人々は自らの財産を守るべく白衛軍を組織した。小作農や労働者達は革命を目指して赤衛軍を組織した。両者の対立が高まる中、1917年10月に左派勢力は議会における絶対多数を失い、政府はソ連軍の国外追放を決議。1917年11月にはゼネストが発生し、両派の対立は決定的なものとなった。白衛軍はドイツ国 ドイツ帝国とスウェーデン義勇軍に支援を受けた。一方、赤衛軍はソ連の支援を受けていた。
フィンランドの銃規制
フィンランドの銃規制( - じゅうきせい)と銃政策(じゅうせいさく)について解説する。フィンランドには200万丁の銃火器が登録されており、(これは単位あたりでアメリカ合衆国 米国よりも多い)さらに25万丁の未登録銃器も存在しているといわれている。フィンランド内務省によると、フィンランド家庭の25%が銃火器を所有しており、その殆どがロングガンと呼ばれるライフル銃や散弾銃である。これはフィンランドの国民皆兵制度に基づいている。上記の銃火器には信号弾発射銃も含まれており、これはフィンランドでボートやヨットが人気スポーツであることに由来している。フィンランドの銃規制の施策は銃による犯罪を減らし、またその一方で軍隊の予備役の兵隊に銃を所持させて射撃訓練をさせることを目的として制定されている。フィンランドでは徴兵制度があり、予備役の射撃技術の維持は施策の柱となっている。フィンランドでは銃火器の全長が長ければ長いほど免許の所持が容易である(これは長ければ長いほど犯罪に使用しにくいという理由に基づいている)。
フィンランド大公国
フィンランド大公国(-たいこうこく、フィンランド語でSuomen suuriruhtinaskunta、ロシア語でВеликое княжество Финляндское)は1809年から1917年まで現在のフィンランドにあった国家である。首都はヘルシンキ。
1809年のフレデリクスハムンの和約によってスウェーデンからロシア帝国にフィンランドが割譲されたときに建国された(ウィーン会議によって正式に承認)。フィンランド大公はロシアの皇帝(ツァー)の兼任である。体制はロシア本国がツァーリズムによる専制君主制に対して、フィンランド大公国は立憲君主制であり、独自の議会と政府を有することが認められた。
そのため、フィンランド大公国は「ロシアの民主主義のショーウィンドー」と後世呼ばれることになる。
フィンランドのユーロ硬貨
ユーロ (EUR, ) は、欧州連合に加盟しているフィンランドを含む多くの国で使われている通貨である。ユーロ硬貨の片面はユーロ圏全域共通のデザイン、もう片面は各国の独自のデザインとなっている。各国共通の表面の詳細はユーロ硬貨を参照。2ユーロ硬貨以外の縁(へり)のデザインもまた、全域で共通である。独自デザインとされている裏面も、欧州連合を象徴する12個の星と発行年を西暦で表示することは共通である。
フィンランドのユーロ硬貨のデザインは3種類ある。1つは、フィンランドの国章に描かれている剣をふるうライオンで、ユーロ導入以前の通貨であったマルッカ硬貨のデザインを引き継ぐ。
フィンランド人の一覧
フィンランド人の一覧(フィンランドじんのいちらん)は、フィンランド出身者、フィンランド国籍を持つ人物についての姓名を50音順に配列したものである。アルヴァ・アールト - 建築家
ミカエル・アグリッコラ - 聖職者
ヤンネ・アホネン - スキージャンプ選手
アドルフ・イーバル・アルビドソン - 詩人、歴史家
イスト - 芸術家
エドヴァルト・ヴェステルマルク
アルベルト・エデルフェルト - 画家
カティ・オウティネン - 女優
アキ・カウリスマキ - 映画監督
ミカ・カウリスマキ - 映画監督
ヨハン・ガドリン - 化学者
ガレン・カレラ - 画家
ユハ・カンクネン - ラリードライバー
ミカ・サロ - F1ドライバー
フィンランド語版ウィキペディア
フィンランド語版ウィキペディア(”Suomenkielinen Wikipedia”)は、ウィキペディアのフィンランド語版である。ウィキペディア全言語版中で13番目に記事数が多く、2008年4月現在、約16万項目の記事をもつ。フィンランド語版ウィキペディアは2002年に開始したが、しばらくはほとんど記事が執筆されていない状態であった。2003年初めには記事数は僅か6項目だけであったが、その1年間で3000項目を越すまでに急増した。また、同年11月にはウィキペディアのシステムがMediaWiki(当時の呼称は「Phase III」)に移行し、フィンランド国内においてメディアに取り上げられたり、記事の質が向上したことなどにより、さらに発展を遂げて今に至る。2007年2月11日、10万項目以上の記事をもつ13番目のウィキペディアとなった。
フィンランドの国歌
フィンランドの国歌の名は我等の地(フィンランド語:Maamme;スウェーデン語:Vårt land)。楽曲がエストニアの国歌と同じである。また、フィンランドにおいては第二の国歌としてシベリウス作曲のフィンランディアが知られている。
作曲はフレドリク・パーシウス (Fredrik Pacius / Friedrich Pacius)。作詞はユーハン・ルードヴィーグ・ルーネベリ (Johan Ludvig Runeberg) の手によってスウェーデン語で書かれ、パーヴォ・カヤンデル (Paavo Cajander) がフィンランド語に訳した。
後半四行は繰り返す。
Oi maamme, Suomi, synnyinmaa!Soi sana kultainen!Ei laaksoa, ei kukkulaa,ei vettä rantaa rakkaampaakuin kotimaa tää pohjoinen.Maa kallis isien.
フィンランド化
フィンランド化(ふぃんらんどか)とは、西側諸国の一員としての経済体制を維持しつつも、国家運営がソビエト連邦との関係を優先的に配慮した傾向に傾いた状態を意味した言葉で、旧西ドイツの保守勢力が、共産主義諸国との対話を重視した首相ヴィリー・ブラント ブラントを攻撃するためにつくられた造語でもある。1948年のフィンランド・ソ連友好協力相互援助条約締結に由来し、フィンランドが大国ソビエトの隣国であったが故にとられていた外交姿勢(西側諸国から見てソビエトの影響力が多大である国と見なされる事)に例えたモノである。西側諸国において、政治的に否定的な意味合いをもって用いられた。石油ショック、ベトナム戦争と資本主義諸国を動揺させることが続いていた時期、再びこの言葉が多く見られた。
フィンランド中央党
『中央党 (スオミ)』より : 中央党(ちゅうおうとう、fi: Suomen Keskusta)は、フィンランドの中道・リベラル政党。フィンランド社会民主党、国民連合と並ぶフィンランド三大政党の一つである。この場合の「中央」とは中道の意味である。1906年、前身組織が形成され、1908年に農民党(Maalaisliitto)として結成された。結成の中心となったのは、サンテリ・アルキオ(Santeri Alkio)である。それ以来、農村地帯と地方小都市が中央党の最大基盤となっている。一方では、南部の都市域への浸透も図っている。中央党への党名変更も、地方から中央への支持浸透を目的とした面もあった。
1956年から1982年まで大統領を務めたウルホ・ケッコネンという卓越した指導者を得て、フィンランド最大の政党として発展してきた。
フィンランド湾
フィンランド湾(―わん)はバルト海の最奥部、フィンランドとエストニアにはさまれた細長い湾。東西に約400kmの長さがある。平均水深は40mほどで、冬には結氷する。湾の奥にはサンクトペテルブルク、北岸にヘルシンキ、南岸にはタリンなどの都市が位置する。ボルガ・バルト水路によりラドガ湖、ヴォルガ川 ボルガ川などと結ばれている。近世には、ロシア帝国、スウェーデンの制海権の争奪戦が行われた。主な海戦は、ハンゲの海戦、スヴェンスクスンドの海戦などである。
湾 ふいんらんとわん
バルト地方 ふいんらんとわん
フィンランドの地形 ふいんらんとわん
フィンランドの地形 ふいんらんとわん
フィンランド国営放送
フィンランド国営放送/フィンランド放送協会(フィンランド語:Yleisradio 略称:YLE)は、フィンランド全域をカバーする公共放送 公共テレビ・ラジオ局。日本放送協会 NHKや英国放送協会 BBC同様、収入の大部分を受信料で賄えている。YLEはフィンランド政府がその株式の99.98%を所有している公社であり、4つのテレビチャンネルと13のラジオチャンネル、25の地方局がある。1926年にヘルシンキで創業。フィンランドは公式的に2つの公用語を持つ国であり(スウェーデン語を母語とする人口は約5.5%)、スウェーデン語のテレビとラジオ放送を「Svenska YLE」と言う局名で実施していた。
欧州放送連合(EBU)の設立時からの加盟局である。
1926年 ヘルシンキにて設立。1928年には全国放送(ラジオ)開始。
