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モルドバ 地図
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モルドバ旅行記 1
35 欧州の秋 2009 モルドバ2
リポーター:costin旅行スタート日:2009/10/14
旅行終了日:2009/10/19
いよいよキシナウ住まいに突入
ところで、この車のプレートの国旗何処のものだか判る?
キシナウの夕闇に飛び交うムクドリの大群
キシナウ市民祭は夜の部へと・・・
俺は宿へと帰るw
翌朝、再びアンナに電話。
「アンナ、アパート探して欲しいんだが・・」
「探してあげたでしょ。?いくつかネットにあるサイトのurl送ったでしょ?」
「そうなんだが、契約とかどうやんだ?」
「あなた、契約のやり方がわからないの?」
「日本のならわかる。でもモルドバのはわからないw」
「しょうがないわね。じゃモールで待ってて」
「ありがとう」
一時間後、同じ学科の女の子とふたりでモールで合流。
モールで催されていた子供の絵画展が印象的だった。
この絵は小学生低学年クラスの絵
アンナの友達の名前・・カティも来る。彼女は英語がちょっと苦手なようだ。
兎に角、アンナの指示により新聞を買ってきて、良さそうな物件に虱潰しに電話してくれる。
これが高学年クラスの絵。
一目瞭然で色彩を失っているw
子供ながらに現実が見えてくるのかもねw
センターにある兵器ミュージアム
2leiくらいの入館料
通称ペインティングパーク
アンナによればここは初心者の絵や土産物が多く売られている。ちょっとましなものは画廊にあるそうだ。
後日しっかり画廊も案内してもらう。
アンナが大家と電話交渉している。
「新聞には250euroって出てましたけど?・・」
「ひと月だけだと300だせって言ってるけどどうする?」
「おけ おけw」
「じゃ これからそちらに向かいますわ」
アンナとカティが契約書を作成w
特にアンナの用心深さには舌を巻く。お前本当に建築学か?、法科の間違いではないのか?と言うほどだ。
わざわざ高額ユーロ紙幣に両替し、紙幣のオリジナルナンバーを契約書に全部転記していたw
契約書を二通作り、一通を大家に、もう一通を私に渡しサインして完了。明日入居だ。
ホステルでコロラドの青年ジェフとお近づきになる。
ジェフはどうしても「ティラスポール」という都市に行きたいらしい。
「もし時間が有ればあんたも一緒に行かないか?」
「ふむ。別に良いが・・そんな面白い場所なのか?」
「まあ、行けばわかるよ。そうだパスポート持ってきてね」
「ん? なんで国内移動にパスポートが要るんだ?」
「それが要るらしいんたよ」
俺はこのロシアの飛び地のような地域を誤解していた。
ここは貨幣から行政・軍事すべて独立した地域だと知ったのは、国境より厳重なパスポートチェックを受けた後だった。
キシナウートラスポール 29lei
ウクライナに近い分、ロシア率も高く、ロシア人度が増す位に考えていた。
まさか国の中にもうひとつの国があろうとは・・
写真を撮ろうとすると、ジェフが俺に注意を促した。
「気をつけろ」
コメカミのあたりに指を集め、くりっと回す仕草だった。
どうやらジェフはカメラの没収を恐れ、持参しなかったようだ。
街中を歩いてみると、人通りは少ない。というかほとんど誰も歩いていない。
そのかわり、よくわからぬ集合スーパーのような建屋に入ると、そこには案外人が充満している。
欲しいものが売ってある感じではなく、売りたいものを売ってる感じだ。
通貨はモルドバ・ルーブルでモルドバ・レイとほぼ互角。
ジェフはちょっとロシア語を話た。
「すごいな、ジェフ。お前ロシア語が出来るのか?」
「いやそうじゃない。俺はポーランド移民の二世なんだ。数字の数え方とかがロシア語と似ているから多少通じるんだよ」
宿に帰りつくとジェフがドイツからの女5人のパッカー軍団にティラスポールの様子を語っていた。
「兎に角、厳重でたまげたさ。俺とこの日本人ふたりだけ別室に呼ばれた時は覚悟したね。やられるかもって」
「怖いわね」
「こえーよ。ロシアよりソ連チックだからな」
「それで写真撮ってきた?」
「うんうん、勇敢な彼がばっちり撮ってくれたよ」
「www」
トランスニストリアの識別旗
宿からアパートに移ると二十歳になる大家の娘レナが部屋の片づけをしてくれていた。
「今までここは君が使っていたのか?」
「はい。私が使っていた。片付け遅くてごめんなさいね」
「いや、ゆっくりやってくれ。」
感想
立地は最高。大使館街で、徒歩30秒にNo'1スーパーがある。シュテファン・チェル・マーレの大通りまで徒歩5分。
モール行きのバス停まで1分。
建屋は平屋でやや古い。
奥が8畳くらいの寝室兼書斎、真ん中が12畳くらいのリビング、ドア入口がダイニング・キッチンになっている。
入口左手のバスルームにバストイレ・全自動洗濯機が置いてある。
それでも300EUROは高いと思う。金融危機以前ならまだしも今なら150くらいだろう。
左側の窓が借りた部屋、右が大家宅。
入口は裏側に戸別にある。
ご近所の様子
この猫隻眼でした。
と言う事で、名前はジャックw
バス停
ここからモールまでバスで7-8分
ワインを数本買い込んでみる。
値段は20leiから60leiくらいのもの。
9\換算で180-540\くらいだ
スーパーで買った鯖のオイル漬けときゅうりの酢漬け
鯖1kg 90lei
きゅうり 5-6本 5lei
室内の様子
寡婦の大家が偵察に来るw
「何か必要なものとかある?」
「今は特にないかな。そだ、これからお昼作るけど食べてみる?」
「あなたが作るの?」
「そう。今日出来るのはイタリアンかな?」
「わぉ。すばらしいわ」
大家に昼飯を作って差し上げる。
イタリアンだ。
マリネ・バルサミコとアリ・オリ・トマトパスタだ。
娘、りナは完食していた。
「ごちそうさま。とっても美味しかったわ。ところで明日息子の8歳の誕生日なんだけど、是非参加してくださいな」
「よろしいんですか?そんな家族のパーティに参加しても?」
「大歓迎よ、全部で15人くらい来るわよ」
「それじゃ、俺も日本食一品作って持参いたしましょう」
と云う訳で「とんかつ」を作ることにしたw
パン粉が売ってないのでパンを乾燥させて下ろしてパン粉作りからはじめるw
豚のロース肉をパイナップルジュース・りんごの擦りおろし・オレンジの輪切りに挟んで一晩寝かせて柔らかくする。
別に飼い猫では無いらしいのだが、「グレイ」という名前の黒猫。
娘のレナは最初ロシア風の名前で呼んでた気がする。
しかしある日突然、奥さんが「グレイ」と呼び始めたw
シュテファン大通り
左に行くとマック、公園。
右に行くと鉄道駅方面
とんかつソースの材料を買いに中央市場へ
観光でもここは面白いと思う
市場で食べたボルシチ
15lei
日本のように「とんかつソース」は無いので、自分で調合w
リーペリンをベースにワインと醤油を少々、バルサミコも垂らす。
人参・たまねぎ・にんにく・りんごを擦って混ぜ合わせてソースの出来上がり。
衣は、小麦粉ーたまごーパン粉ーたまごーパン粉の順番で。パン粉にはピーナッツ・アーモンド・干しブドウも砕いて混ぜてある。
「さあ、はじまるわよ。いらして」
「すまん。先にはじめててくれ。これが揚がらないことには行くに行けんw」
テーブルに乗りきれないほどの料理でした。
夏の定番
サラタ・デ・ビネテ
茄子を擦りおろしたサラダ
ピンクの食べ物は色的にはすごいんだが、中身は鯖のオイル漬けの切り身が入っている。それをマヨネーズと卵白であえてある感じ。
ゴゴシャリ(ピーマン)の肉詰め
カモ肉のコンソメゼラチン固め
右リナと親戚のご婦人
ワインは自家製
この家には深い地下倉庫がありそこがワインセラーになっていた。
庭にぶどう棚がふたつ。
こちらの人は自家製のワインを飲むらしい。
写真は祖母なるおばあさんがティラスポールから持参したワイン。
絶品スイーツ
さくらんぼ漬けを柔らかい生地で巻いてある。
食感、味、香り非常にバランスが良かった。
ごみ回収車がオレンジだったのでパチリ。
オレンジ色は俺のマイブームカラーw
モルドバ旅行記 2
34 欧州の秋 2009 モルドバ
リポーター:costin旅行スタート日:2009/10/13
旅行終了日:2009/10/15
モルドバ
シギショアラから如何に安く早くモルドバに行くかを考えた。
インフォメーションは親切にも二種類のヤシ行きのルートを示してくれた。
1 シギショアラーブラショフーブカレストーヤシ
2 シギショアラークルージーヤシ
2は有効なルートだが時間が合わず、共にヤシ到着は23時頃。
当日中のモルドバ到着は無理。
そこでクルージの女子高生にブラショフーヤシのバスがないか調べてもらう。すると8:00発であるではないか。
隣のトトロが病院から帰還。
糖尿病が悪化したのかと思っていたら、心臓病だそうだ。まあ食事を見ていると頷ける。
ウクライナ人の奥さんは、娘の移住先の米国でバカンス中とのこと。
おっさん帰って早々にジャム作りを始める。
夜バスィレ達と一緒にレストランに行った。
レストランから戻るとおっさんまだ黙々とジャム作りを続けていた。
「バスィレ。ちょっと手伝ってくれ」
「いいっすよ」
「この果実をミンチにするだけだ。なぁに、簡単さ。このハンドルをこうやって・・・・ぐるぐる廻すだけさ」
かなりの力仕事みたいだ。
おっさん、はぁはぁ言ってる。
「どれだけやれば?」
「これ全部さ。」
「これ全部ってこの桶全部?」
「いや、奥にもうひと樽ある」
「・・・・・」
朝5:20のブカレスト行き
到着が約一時間遅れ。
駅のホームに変な親爺がいる。
最初は煙草をくれと言ってきた。
進呈すると、色々講釈を垂れ始める。
全部ルーマニア語。判るわきゃない。
そのうち、5RONだったか寄付してくれと云いだす。
きっぱり断る。
この親爺はジプシーではない。ルーマニア人だ。
ジプシーはこんな周りくどいことはしない。
呉れないならそれで「viata mea」だからw
明らかに判る3人のジプシーも列車待ちしている。
見かねて、
「おっさん、金をたかるのに講釈は要らない。くれないって言われたら静かに立ち去るんだよ」
「おい、俺は何もたかってない。ちょいと寄付してもらえないか聞いただけだ」
「まわりくどいんだよw」
親爺が俺に合図を送る。(気をつけろ、こいつ等は泥棒だから)
たった小一時間の早朝の駅でも、ルーマニアの現状が見えてくる。
「8時までにブラショフに着けるだろうか?」
ちょっと心配
7時過ぎてからやって朝日が顔を出す。
そうだった。この辺は冬の間は日の出が遅い。
緯度が北海道より北じゃなかったかしら?
8:15にブラショフ到着。
隣のバス乗り場に行ってみると、やはり接続待ちをしてくれていた。
バスの出発は8:30くらいだった。
料金が・・ええと70RONくらいだったかな。
後でわかるが、EURO-LINEにブラショフーキシナウがあったりする。ブラショフーミュンヘンと合算で料金102EUROとか言ってた。
ヤシの到着予定時間は15:45
実際には15:15くらいには着いた。
シギショアラーブラショフ 34ron
ブラショフーヤシ 48ron
駅に隣接したバス乗り場にはパン屋もある。
そこで揚げパン2RON(随分安い)を買いこみ出発
山の保養所 オネシュティで休憩。
ルーマニアのミンチ焼き肉「ミテティ」を売ってた。
ブラショフーオネシュティーバカウーロマンーヤシの経路だ。
ミミティを2個だけ食う。
以前食ったことがあるのでどんなものかは知っている。
ちょっと臭う。
マスタードをつけて召し上がれ。
2RON
バカウ
ローマン
この後、ヤシに到着するわけだが突然の驟雨と寒さに震え写真どころではなかった。
ヤシーキシナウ 前回は38RONだったが、今回は100moldova-lei
18:00くらいの出発でキシナウ着が21:00くらい。
タクシー40leiでショッピングモール「モールドバ」に向かう。
キシナウーホステル 11EURO
8月は10EUROだったw
モールドバ一階のマーケット惣菜売り場から買ってきて宿のレンジでチンして食う。
鯖のオイル塩漬けは、そこそこ食える
翌日、モールで携帯のチップだけ買う。
20lei
これはタイで1200Bで買った携帯で、中のチップだけを換えて使える。
メル友の女子大生に電話してみる。w
一応行くことは伝えてあるw
モールに一時間後の待ち合わせ。
彼女の名前は・・・アンナw
アンナには一月くらい滞在したいのでアパートを探してくれと頼んでおいた。
アンナが来た。
何か・・・高飛車な感じがw・・する
「今日はキシナウの市民祭なの。一緒に観に行きましょう」
「OK OK」
1lei=9\くらいが目安
彼女が俺に買い与えてくれた最初のものがこれw
通称ロシアチョコレート
中にゼリーやら色々品を換え入っている。
中々おいしい。癖になるw
スーパーで買うと7-8個入りで12-25leiと結構する
サンボなのか?
何かやってた。
それにしても・・・やけに美人が多い気がする
・・・のは気のせいか?
「何か言いました?」
「いや・・・独り言です」
アンナの突っ込みは鋭い。要注意
「おっ、ワインがある」
「飲んでみる?」
人相の悪いおっさんふたりでやってるせいか?客は誰もいないw
アンナは俺の返事を聞かぬまま、つかつか近寄り
「一杯頂けるかしら?」
「へい、お嬢さんが召し上がるんで?」
「私が飲むわけないでしょ。あちらの客人が」
ぐいっと俺を指差す。
新酒と古酒がある。
両方頂く。
感想
今までワイン飲んでは蘊蓄垂れていた過去がサーッと洗い流されんばかりの衝撃。
素直にうまい。子供が飲むのも頷ける。昔想像していたギリシァやローマ人がグビグビ飲んでいたのはこれなんだと想わせる味。
農産物で手作りの拵え。
これぞ将に市民祭
フォークロア・ダンスをやっている。
写真を撮ろうとすると、主催者みたいなのが手招きする。
階段の上から自由に撮ってくれと云うことらしい。
ではお言葉に甘えて
「えーとこれは何かと言うと絨毯なのよ」
「ほうほう、大きな絨毯ですね。この図柄はキシナウの市街地地図ですか?」
「その通り、飲み込みが早いわね」
「おかげさまで^^」
「それから、これが私たちの大学の建築学科の展示物。あっ紹介するわ、こちらが私の専任教授」
教授も俺もいきなりの紹介にドギマギw
「何か・・すばらしい生徒さんをお持ちで・・」
「鋭いですなw 彼女は頭脳明晰、英語は私より遥かにうまいから性質が悪いwあっこりゃ失言。念のために訂正しときます。・・・・母親が外科医、父親が政府関係者w 親戚にワイナリーオーナーとかいますねw」
「なる・・ほどw お育ちもよろしい訳ですねw」
「アンナ お腹空かないか?」
「別に? でも何か食べたいんなら私に構わずどうぞ」
アンナのモルドバ語に特徴があるのかも知れない。
彼女と話す相手は何故か傍からみても謙っているように見える。そんなオーラを持つアンナだw
蒼穹に翻るモルドバ国旗。
それはアンナのように清々しいw
この公園はなんとfree wifi
旅行者には有り難い
アンナは公園が好きだ。
今後も会うと必ずと言っていいほど公園に誘う。
そう。奥へ奥へとw
モルドバ 写真2
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モルドバ
モルドバ共和国(モルドバきょうわこく)、通称モルドバは、東ヨーロッパの内陸国で、西はルーマニアと、他の三方はウクライナと国境を接する。旧ソビエト連邦を構成していた国家の一つであった。ルーマニアとロシアとの間で領土の占領・併合が繰り返される地域であった。現在もルーマニアとロシアの狭間で揺れている。
略名 モルドバ
日本語国名 モルドバ共和国
公式国名 Republica MoldovaРепублика Молдова
国旗画像 Flag of Moldova.svg
国章画像 画像:Coat of arms of Moldova.png 100px モルドバの国章
国章リンク (モルドバの国章 国章)
標語 なし
位置画像 LocationMoldova.png
公用語 モルドバ語 (ルーマニア語と殆ど同じ)
モルドバ共和国
『モルドバ』より : モルドバ共和国(モルドバきょうわこく)、通称モルドバは、東ヨーロッパの内陸国で、西はルーマニアと、他の三方はウクライナと国境を接する。旧ソビエト連邦を構成していた国家の一つであった。ルーマニアとロシアとの間で領土の占領・併合が繰り返される地域であった。現在もルーマニアとロシアの狭間で揺れている。
略名 モルドバ
日本語国名 モルドバ共和国
公式国名 Republica MoldovaРепублика Молдова
国旗画像 Flag of Moldova.svg
国章画像 画像:Coat of arms of Moldova.png 100px モルドバの国章
国章リンク (モルドバの国章 国章)
標語 なし
位置画像 LocationMoldova.png
公用語 モルドバ語 (ルーマニア語と殆ど同じ)
モルドバ語
モルドバ語(ラテン文字表記:Limba moldoveneasc/キリル文字表記:Лимба молдовеняскэ)は、ロマンス語 東部ロマンス語で、モルドバ モルドバ共和国の公用語である。また、沿ドニエストル共和国 沿ドニエストル地域の公用語の一つである。モルドバ語は、実際には政治的な理由によってルーマニア語を名前を改めただけに近く、ルーマニア語との違いはほとんどないと言われるが、モルドバ語をルーマニア語の一部と認めることはルーマニアの拡大主義に結びつくと見做される場合がある為、注意が払われている。
ルーマニアと同系統の民族が住み、1918年から1940年までルーマニア領であったベッサラビア(現在のモルドバ)では、住民の話す言葉もルーマニア語と呼ばれていた。第二次世界大戦によってベッサラビアがソビエト連邦に併合され、この地域にモルダビア・ソビエト社会主義共和国(モルドバ共和国の前身)が立てられると、モルドバに住む人々の言葉は文字をラテン文字からロシア語で使われるキリル文字に改められ、ルーマニア語とは異なったモルドバ語(諸外国ではモルダビア語と呼ばれた)であると主張されるようになった。
モルドバ公国
『モルダヴィア』より : モルダヴィア(Moldavia)は、東ヨーロッパの一角を占める地域の名称である。ルーマニアの東北部、すなわちカルパティア山脈の東、プルート川の西で両者に挟まれた地域にあたり、時にはルーマニア領を越えてプルート川の東にあるドニエプル川を西限とするベッサラビア地方を含めた、さらに広い地域を指す。中世に建国されて現ルーマニア領モルダヴィアとベッサラビアを支配したルーマニア人の国家モルダヴィア公国の領有した地域であり、21世紀においてはルーマニア領のほか、モルドバ領とウクライナ領に分かれる。
モルドバ共和国(モルドヴァ共和国)の国名となっているモルドヴァ(Moldova)は、モルダヴィア(Moldavia)のルーマニア語・モルドバ語における名称である。モルドバ共和国は、ソビエト連邦の構成国であった時はモルダヴィア・ソビエト社会主義共和国を国名としていた。
モルドバ空軍
File:MoldovaMi-8MT1996(DF-SD-01-09313).jpg thumb 300px モルドバ空軍のMi-8MTモルドバ空軍(モルドヴァ空軍)は、モルドバ モルドバ共和国の空軍組織である。モルドバ国防省の管轄下に置かれている。
1994年の時点で、モルドバ空軍は1300名の人員と1個戦闘機連隊、1個ヘリコプター連隊を保有、加えて対対空ミサイル 防空ミサイル部隊を組織していた。主力装備となったのはソ連空軍から引き継いだ31機のMiG-29_(航空機) MiG-29戦闘機、8 機のMi-8_(航空機) Mi-8輸送ヘリコプター、3 機のAn-72_(航空機) An-72、Tu-134_(航空機) Tu-134、An-24_(航空機) An-24、Il-18_(航空機) Il-18各1 機の合わせて6 機の輸送機であった。MiG-29は通常のソ連国内向け派生型9-12型7 機に加え、最新型の9-13S型(MiG-29S)24機を含んでいた。防空ミサイルは、S-125_(ミサイル) S-125とS-200_(ミサイル) S-200を装備していた。
モルドバ人の一覧
『モルドヴァ人の一覧』より : モルドヴァ出身者、モルドヴァ人の一覧:アレクサンドル・アヴェレスク Alexandru Averescu - ルーマニアの軍人・政治家
ヴラディミール・ヴォローニン - 政治家。現大統領
O-Zone(オゾン)- 音楽グループ
ミハイル・オシポヴィチ・ゲルシェンゾーン Mikhail Gershenzon(Herschensohn) - 歴史家。ユダヤ系
シェムーエール・コーヘーン :en:Samuel Cohen (composer) Samuel Cohen - イスラエルの国歌 ハッ=ティクワー作曲者
アレクサンドル・ゴルデンヴァイゼル Aleksandr Borisovič Goľdenvejzer - ピアニスト。ユダヤ系
エミル・コンスタンティネスク :en:Emil Constantinescu Emil Constantinescu - ルーマニアの大統領
ミルチャ・スネグル :ro:Mircea Snegur Mircea Snegur - 政治家
モルドバ情報・保安庁
モルドバ情報・保安庁(Serviciul de Informaţii şi Securitate;略語SIS)とは、モルドバ モルドバ共和国の諜報機関、秘密警察。モルドバにおけるソビエト社会主義共和国連邦閣僚評議会付属国家保安委員会 ソ連国家保安委員会の後継機関。1991年9月9日、モルドバ共和国大統領令第196号により、モルドバ共和国国家保安委員会が廃止され、国家保安省(Ministerul Securităţii Naţionale;略語MSN)が設立された。同年9月16日、国家保安省の基本機能と機構が、1992年4月6日、国家保安省規程が承認された。1995年10月31日、国家安全法とモルドバ共和国国家保安機関法が採択され、1997年1月31日、両法律が公布された。国家保安省の下には、幹部の初等教育を受け持つ教育センターが創設された。
モルドバの国旗
用途及び属性=画像:FIAV_111100.svg 30px縦横比=1:2
制定日 1990年5月12日
使用色=
モルドバの国旗は、1990年5月12日に制定された三色旗。青・黄・赤の三色旗にモルドバの国章 国章があしらわれている。
歴史・文化共にルーマニアと強い結びつきがあり、かつて部分的には両国が統合していた時代もある。現在の国旗のデザインもルーマニアの国旗とよく似ている。
国旗の一覧
モルドバの国章
ルーマニアの国旗
国旗 もるとは
モルドバの文化 *こつき
Flagge Moldawiens
el:Σημαία της Μολδαβίας
Flag of Moldova
es:Bandera de Moldavia
モルドバ人
『モルドヴァ人』より : モルドヴァ人(Moldovans)は、東ヨーロッパのモルドバ モルドヴァ(Moldova)の主要民族、国民であり、民族的にはルーマニア人とほぼ同じである。ルーマニア語とほとんど同じ言語であるモルドバ語 モルドヴァ語を話す。ルーマニア人とモルドヴァ人は政治的な理由から無理矢理に区別されたと言う面もあり、事実上、両者は同一の民族である。この事と似たような事例として、セルビア人とモンテネグロ人、中国人と台湾人が政治的な理由によって区別されている。
因みに「モルドヴァ人」と言うと日本語の表記ではロシア領モルドヴィア共和国(Mordovia)の主要民族であるモルドヴィン人を指す事もある。
モルドバの大統領
モルドバの大統領モルドバの歴代大統領は以下の通り。
氏名
colspan="2" 在任期間
ミルチャ・スネグル
1991年12月8日
1996年12月1日
ペトル・ルチンスキ
1996年12月1日
2001年4月7日
ウラディミール・ボロニン
2001年4月7日
モルドバの大統領 *
元首の一覧 もるとはのたいとうりょう
President of the Republic of Moldova
