パキスタンを旅しよう!!
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パキスタン 地図
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パキスタン旅行記 1
フンザへ(6)【フンザからカシュガルへ】
リポーター:ツッチー旅行スタート日:2009/07/23
旅行終了日:2009/07/25
フンザへの正にトンボ返りの短期間の旅、、、
パスー1日、カリマバード1日、たった合計2日の滞在でしたが、フンザの良さを少し垣間見れた感じがします。
今日から名残り惜しくも帰国の途に着きます。
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D1 7月18日:関空1420→北京1635(CA928)、北京1925→ウルムチ2330(CA1295)
D2 7月19日:烏魯木斉0815→喀什1000(HU7747)、喀什1300→タシュクルガン1800
D3 7月20日:タシュクルガン1030/1230→ススト1800、ススト1950→パスー2110
D4 7月21日:【パスー氷河トレッキング0850-1315】パスー1510→フンザ1950
D5 7月22日:【フンザ散策】
D6 7月23日:フンザ0840→アーリアバード0900、アーリアバード1100→ススト1530
D7 7月24日:ススト1300→タシュクルガン1925、タシュクルガン2120→カシュガル2715
D8 7月25日:【カシュガル観光】喀什2245→烏魯木斉0025(CZ6810)
D9 7月26日:烏魯木斉0940→北京1300(CA1296)、北京1605→関空2010(CA161)
【6日目】
ゼロポイント
ゼロポイント0840→アーリアバード0900(スズキ15Rp、10km)
アーリアバード
スズキは、NATCO国際バス付近に停車。
事務所へ行き、明日のススト~タシュクルガンのバスを確認。
ススト行きミニバス乗場は、NATCOバスから先へ200m程行った所にありました。
まだ9時過ぎ、人通りは少ない。
(アーリアバードはAM10時頃から人々が動き出す。)
ススト行のミニバス(ハイエース)が居ました。
出発は満席になったら。
(午前中が多く、午後は極端に少なくなる)
←何も見えない空
今日は厚い雲に覆われた、超ドン天。
アーリアバードでは、ラカポシ7788mがより一層近くに見えて綺麗な筈・・・なので早めに来たんだがサッパリ何も見えません。
昨日でなくて良かった。。。
近くの食堂で朝食食べてからミニバスに乗り込み。
アーリアバード
アーリアバードは、ラカポシ7788m以外に何も無い町。余り散策するにも値せず。。
1100にミニバス出発、切符代はスストまで130ルピーだった。
ガニシュ村を通過
KKH沿いにあり、フンザで一番古い村とか。フンザ川沿いの岩彫刻や、繊細な細工が美しい木造のモスクがあるらしく、昨日時間があれば寄るつもりだったが。
KKH
来る時に通った道ですが、風景は往路、復路で意外と異なって見える場合が多いので、やっぱり風景を満喫しながら戻って行きます。
勿論、席は運転席横をゲットしました♪
全線工事中。。。
KKHの景色を楽しみながらのバス旅行と思えば、、いいもんです♪
グルミット村が近づいてきた。
グルミット村
パスー氷河
真正面にパスー氷河が見えてきました。
注)KKHから至近距離にあるも、道路の曲がり度合いと位置から、往路では真後ろを振り返らない限り、パスー氷河は見えない。
パスー氷河
このハイエースもパスー村で故障してストップ
途中でキーキー大きい音がして、前輪車軸から煙が出てアウト、この村では修理不能らしい。
多分、ベアリングの異常磨耗でグリスが焼けたのかな。
こんな調子だと中国バスに客を食われてしまいそう。もう大分そうなってる感じだが。。
アーリアバード1100→グルミット1230~パスー1300
こりゃまたヒッチハイクかな?
と思っていたら、空の2トントラックが来た。
一人100ルピーで話し合いができたそうで、乗客全員荷台にに乗り込んでスストまで行くことに。
パスー1400~ススト1530
屋根の荷物も積み込むので、結構ギューギュー詰め状態。
トラックの荷台=オープンカーなので、視界は一気に広がって、景色を見るには最高です!
ただ・・・
ちょっとノロイ。往路のハデハデトラック程ではないが。。
やっとスストに入りました。
パスー1400~ススト1530
NATCOバスに加え、中国のバスも運行されていました。
タシュクルガンまで2000ルピー、価格はNATCOと同じです。
NATCO事務所
明日のタシュクルガンまでの切符購入、2000ルピー。
明日朝9時にイミグレに集合。
*ルピーが足らなかったので、NATCO事務所の2-3軒横の商店で100元を両替(1200ルピー)して支払い。
スストの宿「アジアスター・ホテル」
【価格】ツイン400ルピー。
【設備】ホットシャワー(朝のみ)、和式トイレ、TV。エアコン無し。
【場所】地図参照。
【評価】★★
*ミニバス溜り場近くの宿へ行ったが、まあまあだったが、シャワーが無かったので止め。ここを紹介してもらった。
*ここも朝のみのシャワーだし今一つ。南端のスカイ・ブリッジがお勧めです。
スストの宿「アジアスター・ホテル」
スストの風景。
スストは国境の町、何も無い。
掘っ立て小屋の商店と安宿があるのみ。
元々は何も無かった地なんだろう。
ミニバス溜り場付近には、色んな白タクも並んでいる。
【7日目】
スストのイミグレ
朝9時に集合とのことだったが・・・。
9時半頃にイミグレは開いたが、荷物検査は乗車する車単位で乗客名簿と照合しながら行なわれるが、NATCOの人が乗客名簿を持ってきたのが1000。
1015には検査終了、パスポート検査も1100完了。
しかし、パキスタン人2人がパスポート検査でモメている。どうやら書類不備みたいだが、延々とモメている。
結局、1300になって2人を残してやっと出発することになった。
とんだ災難、今日中にカシュガルまで行きたかったんだが、行けるだろうか??? 非常に心配になってきた。。。
中国のバス
タシュクルガン行き寝台バスが2台。
11時頃に2台共出発してしまった。
NATCOは利用客が少ないみたいで、ハイエースとランクルの2台だけ。
30年以上前のランクルだった。
僕はランクルの方。乗客は他にイギリス、ブラジル、中国人2人の合計5名。
元々は中止したパキスタン人2人が乗る予定だった。
ランクルに前席1+2人、後席4人で長時間はキツイ。
中国寝台バスの方が遥かにいい。その内にNATCOは潰れるんじゃないか?
13時、やっとスストを出発。
以降、ススト~クンジュラブ峠の景色です。。
トンネル新設工事現場。
★カシュガルからフンザは1日で行ける!?
ふっと考えてみると・・・
このKKHの工事が数年後に完了すると、カシュガルからフンザまで軽く1日で行けてしまう!
抜け目の無い中国の旅行社が、カシュガルからツアーバスをどんどん走らせる。。。
但し、中パ共にイミグレや検問時間を大幅短縮する努力をすればの話ですが。。
実現しないかなぁ~。
工事作業員用宿泊テント
1万人?の労働者が各現場付近でテント生活。。
今の時期、日が沈んでもテントの中は蒸し風呂状態だろう。
秋になると夜明け前は、凍える位か。
標高の高い現場のこれからは異常な寒さだろうに。。
*こんなテントが至る所に設営されていた。。
来た時と同じく、国立公園入場料4ドル支払い。
ススト以降は、イミグレから出発した車と、あとは殆どが工事関係の車だった。
残雪が残る山々が見えてきました。
もうすぐクンジュラブ峠です。
ぬかるみで立ち往生しているバス。
11時にイミグレを出た中国のバスだ。
*工事現場から重機が来て、牽引されてバスは脱出した。
パキスタン側国境検問
国境
中国国境検問
峠の頂上から1kmほど走った所に、中国最初のチェックポイント。
荷物検査は徹底的に行なわれます。
中国国境検問
検問所周辺の景色は絶好です。
ここの検問所では、全車両が揃ってから出発。
結局ここを通過するのに1時間ちょっともかかった。
*スストを他車より2時間遅れで出発したが、ここで全部同時発車。
順調に来た車は2-3時間待ちと言うことなのか??
以降は、
中国国境検問~タシュクルガンの景色です。
タシュクルガン手前でパスポートチェックあり。
1925タシュクルガン・イミグレに到着。
パスポート、荷物検査と身体X線検査までもあった。
さて、このままカシュガルを目指します。乗合白タクで行こうかな思っていたら、中国のバスがこのままカシュガルまで50元で行くとのことだったので即決。24時位には着くだろうと。
(失敗だった! 外の食堂へ行き、最後に戻ってきた人が遅く、2120やっと出発。カラクリ湖先の検問でも渋滞1時間。翌未明0315にチニワクに到着。)
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今日の時刻
・イミグレ0900集合。イミグレは開いたのは0930頃。
・1000NATCOの人がやっとPassengerList持参、
1015荷物検査、1100イミグレ完了。
・1300パキスタン人2人を残し出発
・1607クンジュラブ通過、1613荷物検査へ、
・タシュクルガン1925着。(NATCO、232km)
・タシュクルガン2120→喀什2715=+0315(BUS、R50)
カシュガルの宿「チニワク賓館(其尼瓦克賓館)」
【価格】ツイン80元。
【設備】ホットシャワー、洋式トイレ、TV、エアコン。
【場所】歩き方に載っています。
【評価】★★★
未明の3時半にロビーへ。
シャワーを使ってから寝たいので、ドミトリーに今入るのは失礼なので遠慮した。
即チェックインして、今日夜のフライトに合わせて、20時チェックアウトの条件で、ツイン80元の部屋を確保。
シャワーして直ぐに眠りに入りました。。。
スストの簡易地図です。
パキスタン旅行記 2
フンザへ(4)【フンザ(カリマバード)の散策】
リポーター:ツッチー旅行スタート日:2009/07/22
旅行終了日:2009/07/22
パキスタン
7,000m超級の山々に囲まれている「フンザ(カリマバード)」。
今回は、ここに来るのが目的です。
今日一日、山々を周囲に見ながら、フンザの村を散策しました。
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D1 7月18日:関空1420→北京1635(CA928)、北京1925→ウルムチ2330(CA1295)
D2 7月19日:烏魯木斉0815→喀什1000(HU7747)、喀什1300→タシュクルガン1800
D3 7月20日:タシュクルガン1030/1230→ススト1800、ススト1950→パスー2110
D4 7月21日:【パスー氷河トレッキング0850-1315】パスー1510→フンザ1950
D5 7月22日:【フンザ散策】
D6 7月23日:フンザ0840→アーリアバード0900、アーリアバード1100→ススト1530
D7 7月24日:ススト1300→タシュクルガン1925、タシュクルガン2120→カシュガル2715
D8 7月25日:【カシュガル観光】喀什2245→烏魯木斉0025(CZ6810)
D9 7月26日:烏魯木斉0940→北京1300(CA1296)、北京1605→関空2010(CA161)
それでは、その7,000m超級の山々を写真に納めてみます。
ウルタル7388m
ウルタル7388m、拡大。
レディーフィンガー6,800m
右手の尖った山です。
ハシナバシ
*レディーフィンガーから左の方へ眼をやると、遠くに見えます。
ホテルの人に名前を教えてもらったが「有名でない山」とのことでした。
ラカポシ7788m
ラカポシ7788m、拡大。
ディラン7257m
ディラン7257m、拡大。
ゴールド・ピークス(スパンティーク)7027m
*この山だけ遠くにあるので、拡大してもこの通り霞んでいます。。
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これからフンザ(カリマバード)の村を散策します。
散策途中での、これら7000超級の山々の様子が少しづつ異なるので、その都度撮影してみました。
*第三者から見れば「全部おんなじ様なもん」かも知れません。ご容赦を。。
ホテルの前は「ゼロポイント」と呼ばれる所。
スズキが通り、貸切ジープが客待ちしていたり。。
また、オールド・ロードにも繋がっています。
カリマバードの宿は、安宿~高級まで、この付近に沢山あります。
村の全景・・・と言っても木々ばっかりですが。。
雨の少ないパキスタンで、これだけの木々に恵まれるのは、7000超級山々の雪解け水、湧き水が年間と通じて絶えることが無いんだろう。。
だから 桃 源 郷 ! かな。。
ハセガワ・メモリアルスクールへ寄ってからバルティット・フォートへ行ってみようと思います。
それにしてもウイグル事件が原因か、旅行者が殆どいない、見かけない!!
★参考:カリマバード村の地図は、コショーさんGHのが一番詳細で解り易い。↓これです。
http://hunza.web.fc2.com/map.html
散策の道中で、
カリマバード村とウルタル山7,388m
カリマバード村
ハセガワ・メモリアルスクールの少し手前から見た「ラカポシ7788m」
こちらの方が全容に近く、迫力があります。
同じく「ディラン7257m」
これがハセガワ・メモリアルスクール・・・の入口門。
学校の建物は真っ直ぐ行って、左へ行くとあります。
ハセガワ・メモリアルスクール
ウルタルI峰登攀中に亡くなった登山家「長谷川恒男氏」の遺志を受け、夫人が中心となって設立した小学校。
ハセガワ・メモリアルスクールの付近から見た「ラカポシ7788m」
同じく「ディラン7257m」
これがこの辺りの足「スズキ」
*ホントに鈴木の軽四トラックを改造して作られている。
地元の人しか通っていない。。。
バルティット・フォート
かつてフンザの王様が居た所。
入場料400ルピーだったが、切符売り場の人が「建物の中を見学しないんだったら無料ですよ。」と教えてくれた。
喜んで上へあがって行きます。
バルティット・フォートから見た「ラカポシ7788m」
同じく「ディラン7257m」
同じく「ディラン7257m」の拡大。
バルティット・フォート(裏手側)
歩き方に載っていた「ヒゲ自慢の警備員さん」が居ました。
観光に来ていた子供達。。
と、そのお母さん達。。
バルティット・フォートからの眺め
バルティット・フォートから見た「ゴールド・ピークス(スパンティーク)7027m」
バルティット・フォート
十分堪能したので城を降りて行きます。。
お土産屋さん
フンザは、杏(アンズ)の産地で有名やしく、春になると村一面が杏の花で覆われるらしい。
杏のドライフルーツ≒500g入り、50,100,200ルピーと色々あり。
他に蜂蜜、オリーブ油など。
学校の帰り。。
←ダルバール・ホテルのロビー
昼に戻って、ちょっとだけ休憩。。
午後は、アルチット村へ散策に行きます。
【5日目】
←昨日チェックインした「ダルバール・ホテル」
フンザの山々が展望できる絶好の位置にあります。
ホテルの入口(写真の六角形)の上が展望台になっていて、、
グルッと反時計回りで言えば、、
・ウルタル 7,388m
・レディフィンガー6,800m
・ハシナバシ(有名でない山,?m)
・ラカポシ 7788m
・ディラン 7257m
・ゴールド・ピークス(スパンティーク)7027m
と、7,000m超級の山々に取り囲まれており、圧巻です。
フンザの山々の概略位置です。
*地図元=グーグル
パキスタン 写真2
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パキスタン
略名 パキスタン日本語国名 パキスタン・イスラム共和国
国旗画像 Flag of Pakistan.svg
国章画像 ファイル:Coat of arms of Pakistan.svg 100px パキスタンの国章
国章リンク (パキスタンの国章 国章)
ラテン文字転写: īmān, ittihād, nazm
(ウルドゥー語: 信頼、統一、規律)
位置画像 Pakistan (orthographic projection).svg
公用語 ウルドゥー語(国語)
英語(公用語)
首都 イスラーマーバード
最大都市 カラチ
元首等肩書 パキスタンの大統領 大統領
元首等氏名 アースィフ・アリー・ザルダーリー
首相等肩書 パキスタンの首相 首相
首相等氏名 ユースフ・ラザー・ギーラーニー
面積順位 34
面積大きさ 1 E11
パキスタン地震 (2005年)
パキスタン地震は2005年10月8日午前8時50分(現地時間、UTC+5、日本時間午後0時50分)にパキスタン北東部カシミール地方・インド国境近くで発生した地震である。マグニチュード7.6で、パキスタン、インドなど周辺で被害が広がった。パキスタンの首都イスラマバードでも被害がでている。なお、震央のあるカシミール地方は2005年現在パキスタンとインドの係争地である。従って震央の位置は厳密には「パキスタン・インド両国の領有権を係争している地域の内、印パ戦争の停戦ラインのパキスタン側でパキスタンが実行支配している地域」と呼ぶべきであろう。このこともあって、この地震を、カシミール地震、インド亜大陸北部地震のように呼ぶこともある。
パキスタン地震
『パキスタン地震 (2005年)』より : パキスタン地震は2005年10月8日午前8時50分(現地時間、UTC+5、日本時間午後0時50分)にパキスタン北東部カシミール地方・インド国境近くで発生した地震である。マグニチュード7.6で、パキスタン、インドなど周辺で被害が広がった。パキスタンの首都イスラマバードでも被害がでている。なお、震央のあるカシミール地方は2005年現在パキスタンとインドの係争地である。従って震央の位置は厳密には「パキスタン・インド両国の領有権を係争している地域の内、印パ戦争の停戦ラインのパキスタン側でパキスタンが実行支配している地域」と呼ぶべきであろう。このこともあって、この地震を、カシミール地震、インド亜大陸北部地震のように呼ぶこともある。
パキスタン・イスラム共和国
『パキスタン』より : パキスタン・イスラム共和国(パキスタンイスラムきょうわこく)、通称パキスタンは、南アジアの国。東はインド、北東は中華人民共和国 中国、北西はアフガニスタン、西はイランと国境を接し、南はインド洋に面する。国土の中心部を流れるインダス川の流域に国民の80%以上が住む。略名 パキスタン
日本語国名 パキスタン・イスラム共和国
公式国名 اسلامی جمہوریت پاکستان
国旗画像 Flag of Pakistan.svg
国章画像 Image:Coat of arms of Pakistan.png 100px パキスタンの国章
国章リンク (パキスタンの国章 国章)
標語 ايمان اتحاد تنظينラテン文字転写: īmān, ittihād, nazm (ウルドゥー語: 信頼、統一、規律)
パキスタンの鉄道
パキスタンの鉄道(ぱきすたんのてつどう)では、パキスタンにおいて運行されている鉄道について記す。元々、現在のインド・パキスタン・バングラデシュ・ミャンマー・スリランカはイギリス(大英帝国)の植民地インド帝国となっており、それらが独立する際に民族や宗教の違いで分裂したため現在の形に成った経緯がある。
このパキスタンの鉄道も、元々は隣国インドのそれと同様、イギリスの植民地経営の一環として建設された。
現在、国鉄線が約8000km存在する。多くは軌間1676mmの広軌路線であるが、一部にメーターゲージと呼ばれる軌間1000mmの狭軌路線も存在する。また、交流電化(25000V)がなされている区間も存在するが、多くは非電化のままでディーゼル機関車が使用されている。
パキスタン国際航空
パキスタン国際航空(”Pakistan International Airlines”)は、パキスタンの航空会社。カラチを本拠地としている。日本からの便は成田発、北京、イスラマバード経由カラチ行きを週2便運行している。機内サービスでアルコール類の提供は無いが、持ち込むことは構わない。遅れやキャンセルが多く、PIAと略されることから、"Perhaps I Arrive"(もしかすると、着くかもしれない)などと呼ばれている。
ちなみにパイロットはパキスタン空軍の元パイロットの再就職先となっている。いちおうそういった意味では安全といわれている。
航空会社コード IATA航空会社コード:PK
航空会社コード ICAO航空会社コード:PIA
パキスタンの国歌
パキスタンの国歌。下記にパキスタン国歌の歌詞と曲を掲載する。:pak sarzamin shād bād (پاک سرزمین شاد باد)
:kishwer-e-haseen shād bād (كشور حسين شاد باد)
:tu nishan-e-azm-e-aali shan(تو نشان عزم علیشان)
:arz-e-Pākistān (ارض پاکستان)
:Markaz-e-yaqïn shād bād (مرکز یقین شاد باد)
:Pāk sarzamīn kā nizām (پاک سرزمین کا نظام)
:Qūwat-e-ukhūwat-e-`awām (قوت اخوت عوام)
:Qaum, mulk, sultanat (قوم ملک سلطنت)
:Pā-inda tābinda bād (پائندہ تابنندہ باد)
:Shād bād manzil-e-murād (شاد باد منزل مراد)
:Parcham-e-sitāra-o-hilāl (پرچم ستارہ و ہلال)
:Rahbar-e-tarraqqī-o-kamāl (رہبر ترقی و کمال)
:Tarjumān-e-māzī, shān-e-hal (ترجمان ماضی شان حال)
パキスタンの国旗
用途及び属性=画像:FIAV_011000.svg 30px縦横比=2:3
制定日 1947年8月11日
使用色=
パキスタンの国旗は、緑・白で三日月と星のデザインされた旗である。
もともと1906年にデザインされ、1947年の独立時に正式に制定された。
緑はイスラム教を象徴する色で、竿側に白を使用する。この白はイスラム教徒以外の少数派の存在を示している。また中央には進歩を示す三日月と、光と知識を示す星があしらわれている。この三日月と星の組み合わせは、トルコの国旗などイスラム教国家の国旗でしばしば使用されるモチーフである。
パキスタン国旗の名称は「緑月旗(ウルドゥ語:Sabz Hilali Parcham)」と言う。
国旗の一覧
パキスタンの国章
パキスタンの国章(ぱきすたんのこくしょう)はパキスタンのシンボルである。政府承認で1954年に採用された。
紋章は通常緑色である。また、頂上の三日月と星は、パキスタンの主な宗教であるイスラム教を表わしている。
紋章の中心には、農業を表わすシールドがあり、その中には採用当時のパキスタンの4つの主な作物の描写がされている。(綿、ジュート、茶、小麦)
シールドのまわりの花のリースはパキスタンの歴史を表している。
下の飾り書きは、パキスタン民族のモットーがムハンマド・アリー・ジンナーの発言がウルドゥー語で右から左へ「信頼、統一、鍛練」 (ウルドゥー語: ایمان ، اتحاد ، نظم )と書かれている。
パキスタン人民党
パーキスターン人民党(Pakistan People”s Party)は、パキスタン パーキスターンの政党。略称PPP。イスラム イスラーム圏初の女性首相を経験したベナジル・ブット ベーナズィール・ブットーを党首とする。パキスタンの政治 はきすたんしんみんとう
Pakistan Peoples Party
lt:Pakistano liaudies partija
パキスタンの政党
パキスタンの政党(パキスタンのせいとう)には、次のものがある。パキスタン・ムスリム連盟カーイデ・アーザム派
パキスタン・ムスリム連盟シャリーフ派
パキスタン人民党
統一行動評議会
パキスタンの政治 せいとう
List of political parties in Pakistan
