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ベトナム旅行記 1
ハノイ旅行2回目③ ベトナム軍事歴史博物館とスパの最終日
リポーター:ひゅーい旅行スタート日:2010/09/19
旅行終了日:2010/09/23
シルバーウィークの短い旅程はあっという間にすぎていき、もう最終日です。夜行便で帰るので荷物をまとめて午前中は軍事博物館へ。
午後からはスパでのんびりトリートメントを受けて帰国の予定。リフレッシュメントパッケージ(フェイシャル+マッサージ)にボディスクラブを追加してもらう事になっています。
夫は今回がスパ初体験。嫌がるかなーと思いましたが、「妻と同じ部屋でならやってみる」と挑戦の意欲を見せました。そこでカップルルームをリクエスト済み。タイではよくスパに行きますがハノイのスパはどんな感じでしょう。
タクシーで着いてみると、受付に可愛らしいショートカットのお嬢さんが現れ英語で説明してくれました。エステシャンはあまり英語が通じないのでこのお嬢さんが外国人担当の様子。部屋まで案内してくれ、シャワーを浴びてジャグジーにつかり、終わったら紙パンツをはいてガウンをまとい内線で呼び出してね、とのこと。
トリートメントルームはキレイめのホテルの部屋といった感じでしょうか。割と普通の感じで、よくタイのスパに見られるような凝ったインテリアなどはなくさっぱりとした印象で風呂にも花は浮いていませんが、清潔で居心地も良いです。
とりあえず汗を流してジャグジーにしばしつかり、紙パンツをはこうとして夫絶句。よくスパではかされる薄手の紙パンツなのですが…
色が白。
しかも…ちっこい。
そう、妙にビキニっぽいスタイルです。よく見る「ブルマ型」ではないので私もやや動揺しましたが、夫に悟られてはなりません。
「‥これはくんかなあ」
「うーん。ちっこいねぇ…でも、エステシャンは男性客にもなれてるから平気やで!」
これは嘘ではありません。先程も欧米人男性客を見かけたばかり。覚悟を決めてちっこいパンツをはく夫。私はそれを見届けて内線電話でエステシャンを呼び、まずはスクラブ施術が始まりました。
なかなか自分では手の届かない背中を手入れしてもらうのは至福の時です。旅の垢が削り落とされていくわぁ…とくつろいでいるとやがてエステシャンの手が背中から尻へ…そして私のパンツが「ずるん」と勢い良く引き下ろされました。
「そこまで下ろすか?」とつっこみたいほど小気味よくむき出された尻をしっかりとスクラブされつつ、私は内心こみ上げる笑いを堪えるのに必死でした。
もしや夫も「ずるん」と尻を剥かれているのでしょうか。夫のベッドからはうめき声ひとつ聞こえてきません。あまりのことに硬直しているのでしょうか?やがてスクラブが終り、エステシャン達はシャワーを浴びてね、と言い残して去っていきました。
早速夫に聞いてみますと、さすがに彼のパンツは半ケツどまりにしか下ろされなかったそうです。しかも元々パンツがちっこくて半ケツ状態だったゆえ、ちょっとずらしただけだったらしい。さすがに勢いのあるベトナムスパにもシャイな男性客に対する細やかな心遣いは溢れているようです。
その後オイルを使ったマッサージとフェイシャル(爆睡して記憶なし)を受け、軽食をいただいてエステを後にしました。タイのスパよりはやや荒削りながら満足のいくトリートメントだったと思います。
(ちなみにシャワーの後はマッサージのため、普通の短パンをはかされたので夫はこれ以上の恥らいを感じることもなく満足して初めてのスパ体験を終えました。)
ハノイへ戻る道々、
しばらくローカル鉄道線に並走して走りました。
行きは雨のためあまり景色も目に入らなかったのですが。
バイクも走れば
人も歩く。
牛も歩く線路。
脇の草木が茂っているところより、線路の上は歩きやすいのでしょうね。
ホテルからタクシーでスーパーに出かけました。
ホアンキエム湖近くの「インティメックス」というスーパーです。大きな荷物を持っていると入り口で警備員に止められるので、窓口に預けます。
一階は食料品、二階は日用雑貨で、お土産になるお茶・コーヒー・食料なども揃います。
ここで探していたマスクを見つけました!
市場と違ってバラ売りです。
プリント地、アップリケつき、ストライプのシンプルなもの。色々あって選ぶのも楽しいです。
あまりにキュートすぎるこれは子供用でしょうか。小さいお子さんのいる友達が喜んでくれました。
翌朝はちょっとゆっくり目に食事をすませ、ベトナム軍事歴史博物館へ出かけました。
入り口でカメラ以外の荷物を預けなくてはならないので、一応パスポートと財布だけはポケットへ。それ以外は預けて入場。
敷地内には屋外と屋内に展示が有り、屋外にはところ狭しと戦車・戦闘機・大砲などが並んでいます。
おそらくすべて実際に使われたもの。
ベトナム戦争での戦利品もあります。
見ごたえ充分です。
戦闘機などの残骸で作られたオブジェ?もありました。
屋内には、ベトナムがこれまで戦ってきた戦争の歴史や武器が展示されていました。
かなり古そうな武器も展示されています。
よくわかりませんでしたが、古くはモンゴル軍?中国軍?との戦いでしょうか。
太平洋戦争、インドシナ戦争、ベトナム戦争、、、と続いていきます。
これはベトナム戦争地のクチトンネルでしょうか。
小柄な女性兵士が巨漢のアメリカ兵を連行するの図(たぶん)。
他にも子供や女性も一緒に抵抗して戦った様子を表す写真が展示されていました。
痛そう・・・
これまた痛そうな展示室です。
これがサイゴン陥落の際、大統領官邸に突入した戦車でしょうか。
奥の方にもたくさんの展示があります。
思いのほか見ごたえが有り、時間をかけて見てしまったためふと気がつくともうお昼です。
午後からはエステの予約を入れているのでそろそろ食事に向かおうか、と荷物を取りに行くと。
なんと!昼休みだから受付は閉まっているではないですか!
確かに午前は12時まで。午後は13時からとガイドブックにも書いてありましたが…その間荷物も出してくれないなんて。
閉められたドアの向こうには人のいる気配がしているのにのに。
しまったーっ。
ウロウロしていると屋内展示場の一角に食堂発見。しかし中が伺えずなんとなく社員食堂っぽいので博物館の敷地に隣接したカフェでお昼を食べることにしました。
しかし、このカフェで注文したフードメニューはワゴンにのせられて社員食堂?から運ばれてくる模様。
別に社員食堂ではなかったのですね。
でもお天気もよいし、明るい戸外のカフェは気持ちが良いものです。
ゆっくりコーヒーを飲んでいるうちにやっと昼休みが終わった様子。荷物を受け取ってタクシーを拾いエステへ向かいました。
しかし、財布をポケットに移しておいて良かった。財布も預けていたら無一文で時間をつぶさねばならないところでした。
博物館内の売店でカードを色々購入しました。売店のおばちゃんは昼休み中でもご飯をたべるのを中断して会計してくれました。ありがとー。
こういう所に来るといつも思うように、今回も
(もっと歴史を勉強してからくれば良かった)と思いつつ博物館を後にしました。
エステでつるつるに磨いてもらった後は、ベトナム料理レストラン、クアンコムフォーで夕食をとって帰路につきました。
ベトナム旅行記 2
2010年初潜り! ニャチャンダイビングツアー with Korean
リポーター:Blue Dive旅行スタート日:2010/03/05
旅行終了日:2010/03/08
ベトナム
昨年10月でシーズン終了し、約4ヶ月半ぶりのニャチャン。
ニャチャン初潜りはコリアンチームのファンダイブ。
3月頭はまだちょっと透明度が上がってきてないかも。。と心配しつつ行ったものの。。。。。
どーーーですか!
この透明度!!
一番いいところでは25mあったでしょうか。
なかなか幸先のいいシーズンスタートでした。
いつもうちのショップではシンカフェの寝台バスで行くのですが、今回はお客さんのリクエストで寝台列車で。
実は今回初めて列車でいきます。
ニャチャンまでは一日8便ほどでていて、ブルートレインと呼ばれている豪華列車もあるのですが、今回は到着時間とかのタイミングの関係で23時サイゴン発の特急列車で。
こちら列車の内部。
ハードベット6人部屋。
ハードベットといっても、ちゃんとマットレスもあるし、全然問題なしです。
段によってすこしずつ値段が違います。
1番下が一番高くて32万ドン(約1600円)。
ニャチャンまでの移動時間は6時間ちょい。
といっても。。。。
日本と違い、遅延は当たり前。
実際は5時20分到着予定でしたが、40分遅れの6時でした。
初めて列車を利用しての感想ですが。。。
匂いが。。。。
列車全体、部屋、ベット、なんともいえない匂いが染み付いており、どうもねぇ。。。。
あとトイレも。
ベトナムのローカルトイレは結構みんなそうなんですけど、トイレットペーパーを使わない文化なので便器も何もかも水浸し。
これってどこまできれいなのかの判断がむずかしい。
ってことでうーーん、あんまりお勧めできないかなぁ。
ブルートレインはきれいとの噂ですが。。。
こちらコリアングループの4人部屋。
ソフトベットです。
1段目が34万5000ドン(約1750円)。
6人部屋よりはもちろんベットの間隔も広いですね。
値段差は2万5000ドンしかないのならこっちのほうがいいかも。
到着後ホテルにチェックイン。
定宿のパフュームグラスインのツインです。
ミニホテルですが、温水シャワー、冷蔵庫、エアコンありで、最低価格18ドルから。
あ、2号館には窓なし、エアコンなしがあって12ドルからだったかな?
オーナーが日本人のこともあり、マネージメントがしっかりしてて、きめ細かいサービスがあります。
今回お客さんたちはもうちょっとグレードの高いホテルへ。
写真、残念ながらありませんが、まぁとってもきれいでちゃんとしたホテルですが、なんと40ドル。
安いですね。
次回写真アップします。
さて 肝心のダイビングですが。
どうぞご覧ください!
すこーーーーんと抜けてます!!!!
第1日目 ファーストダイブ、フィッシャーマンズベイ。
一番いいとこで25mくらいあったでしょうか。
魚がね、まぁ少ないのはニャチャンの惜しいところなんですが、珊瑚はみごとです!
一面のリーフ、しかもよく育ってますよーー。
こちら第1日目、セカンドダイブ モーレービーチ。
エントリーポイントは真っ白な砂浜。
そこにはウシノシタやカサゴ、フロッグフィッシュなどなど。
白砂エリアを中心にして左右にリーフが広がってます。
こちらサザナミフグくん。
2本ダイビング終了後ショップに戻るのが12時過ぎ。
それからショップ近くのレストランで昼食です。
食後、ふらっと街に散策にでかけて入ったカフェ。
ベトナムのカフェってこういう広々としてゆったりできるところが多いんです。
エアコンの効いた中、冷たいベトナムコーヒーなんぞ飲みながら、ふかふかのソファにずぶずぶーーと沈みこむと、2本潜ったあとのけだるさで、もうそのままあちゃらの世界にいってしまいそうになります。
第二日目。
ファーストダイブ コーラルガーデン。
昨日に比べるとちょっと透明度落ちますが、それでも15-18mくらいあったでしょうか。
ちょっとわかりづらいですが、
アジアコショウダイの幼魚です。
第二日目、セカンドダイブ マドンナロック。
定番、ヒメカマスの群れ。
これ以外にもコブシメ、モンガラカワハギ、キリンミノなどなど、結構いろいろいましたよ。
いい感じに日が暮れてきたので、逆行で1枚、パシャ!
帰りは20時33分発の列車。
といっても列車がやってきたのは21時ごろ。。。
やっぱり遅延です。
が!
到着したのは予定通りの4時20分!!!
すごっ!
ベトナムもやればできるんですねぇ。。。
2日間のダイビングが終了。
みんなでニャチャンビーチまでお散歩に。
こちらビーチ沿いにあるセイリングクラブのレストラン。
いい感じですね。
でも。。。たっかーーーいんですっ!
コーヒーが44000ドン(約220円)。
日本からいらした方には全然OKでしょうけど、我々在住者には普段ローカルカフェで10000ドン(50円)で飲んでるものですから。。。。
4.4倍。。。。
見学だけね。。。。
ベトナム 写真2
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ベトナム
略名 ベトナム日本語国名 ベトナム社会主義共和国
国旗画像 Flag of Vietnam.svg
国章画像 ファイル:Coat of arms of Vietnam.svg 100px ベトナムの国章
国章リンク (ベトナムの国章 国章)
国歌 進軍歌
位置画像 LocationVietnam.png
公用語 ベトナム語
首都 ハノイ
最大都市 ホーチミン市
元首等肩書 ベトナムの国家主席 国家主席
元首等氏名 グエン・ミン・チェット
首相等肩書 ベトナムの首相 首相
首相等氏名 グエン・タン・ズン
面積順位 65
面積大きさ 1 E11
面積値 329,560
水面積率 1.3%
ベトナムの野鳥一覧
ベトナムの野鳥一覧は、ベトナムで観察された野鳥のリストを示す。ベトナムは東洋区(動物地理区)に属する。
種数は約800種。うち固有種が9種。
”Francolinus pintadeanus”, w:Chinese Francolin, コモンシャコ
”Coturnix japonica”, w:Japanese Quail, ウズラ
”Coturnix coromandelica”, w:Rain Quail, ムナグロウズラ
”Coturnix chinensis”, w:Blue-breasted Quail, ヒメウズラ
”Arborophila torqueola”, w:Hill Partridge, チャガシラミヤマテッケイ
”Arborophila rufogularis”, w:Rufous-throated Partridge, ノドアカミヤマテッケイ
”Arborophila brunneopectus”, w:Bar-backed Partridge, チャムネミヤマテッケイ
”Arborophila davidi”, w:Orange-necked Partridge, サイゴンミヤマテッケイ, Endangered
ベトナム戦争
battle_name=ベトナム戦争campaign=ベトナム戦争
colour_scheme=background:#ffccaa
caption=
conflict=冷戦
date=1965年2月7日 - 1975年4月30日
place=インドシナ半島
result=米軍撤退、北ベトナムによる赤化統一
commander1=ファイル:Flag of South Vietnam.svg 15pxグエン・バン・チューファイル:Flag of South Vietnam.svg 15pxゴ・ディン・ジエムファイル:Flag of South Vietnam.svg 15px:en:Lam Quang Thi ラム・クァン・チファイル:Flag of South Vietnam.svg 15pxグエン・カオ・キファイル:Flag of South Vietnam.svg 15pxグエン・カーン ファイル:Flag of South Vietnam.svg 15px:en:Ngô Quang Trưởng ゴー・クァン・チュロンファイル:Flag of South Vietnam.svg 15pxズオン・バン・ミンファイル:Flag of South Vietnam.svg 15pxチャン・バン・フォン ファイル:Flag of the United States.svg 15pxドワイト・D・アイゼンハワーファイル:Flag of the United States.svg 15pxジョン・F・ケネディファイル:Flag of the United States.svg 15pxリンドン・ジョンソンファイル:Flag of the United States.svg 15pxロバート・マクナマラファイル:Flag of the United States.svg 15pxウィリアム・ウェストモーランドファイル:Flag of the United States.svg 15pxクレイトン・エイブラムスファイル:Flag of the United States.svg 15px:en:Frederick Weyand フレデリック・ウェイアンドファイル:Flag of the United States.svg 15pxエルモ・ズムウォルト・ジュニアファイル:Flag of the United States.svg 15px:en:John Paul Vann ジョン・ポール・ヴァンファイル:Flag of the United States.svg 15px:en:Robin Olds ロビン・オールズファイル:Flag of South Korea.svg 15px朴正煕ファイル:Flag of Thailand.svg 15px:en:Thanom Kittikachorn タノーム・キティカチョーンファイル:Flag of Australia.svg 15px:en:Harold Holt ハロルド・ホルトファイル:Flag of New Zealand.svg 15px:en:Keith Holyoake キース・ホリオークファイル:Flag of the Philippines.svg 15pxフェルディナンド・マルコス
ベトナム語
nativename=Ting Vitstates=ベトナム, アメリカ合衆国, カンボジアその他
region=東南アジア
speakers=8000万人
rank=17
family=オーストロ・アジア語族
モン・クメール語派
ベト・ムオン語群
ベトナム語
nation=ベトナム
agency=-
iso1=vi iso2=vie sil=VIE}}
ベトナム語(”Tiếng Việt”, チュノム: 㗂越)は、ベトナムのキン族によって用いられている言語で、キン語ともいい、ベトナム ベトナム社会主義共和国の公用語である。ベトナムの総人口のおよそ87%の母語となっている他、共通語としてベトナムの少数民族、中華人民共和国 中国など周辺諸国のキン族、アメリカ合衆国のベトナム系移民や在日ベトナム人などにより話される。言語コードはISO 639-1がVI vi. ISO 639-2 が vie。
ベトナム料理
ファイル:Pho-Beef-Noodles-2008.jpg thumb 240px right フォーベトナム料理(ベトナムりょうり)は、ベトナム国で形成され、食べられている料理。中国文化や植民地統治時代のフランス文化などの影響を受けており、あまりクセがなく、マイルドな味付けである点を特徴としている。
ファイル:Inside the Ben Thanh Market.jpg thumb 240px right ホーチミン市、ベンタン市場の様子
ベトナムは古来から、中国文化の影響を強く受けてきたため、ベトナム料理にも中華料理の影響が色濃く現れている。また、19世紀から20世紀にかけてフランスの植民地統治を受けていたため、他のインドシナの国々同様、フランスの食文化の影響も多く残されている(フランスパン バゲットやコーヒー、カスタードプディング プリンなどが日常の食生活の中に定着しているといったような点はその例である)。
ベトナムの声
ベトナムの声(ベトナムのこえ、英語:Voice of Vietnam、略称:VOV)はベトナム ベトナム社会主義共和国の国営放送 国営ラジオ放送局である。所在地は首都ハノイ。各種国内放送の他、海外(近隣諸国を含む)向けの国際放送も行っている。全国に点在する地方局では、ハノイからラインネットで送られて来る番組のサイマル放送だけでなく、各局オリジナルの番組も制作されている。
VOV1 - 「ニュースと時事」(中波・短波・ラジオ#FM放送 FM放送)
VOV2 - 「文化と社会」(中波・短波・FM放送)
VOV3 - 「音楽とエンターテインメント 娯楽」(主に若者を対象にしたFM放送)
VOV4 - 「少数民族向け放送」(国内の少数民族向けにモン族 (Mon) モン語など8つの言語で中波と短波で放送)
ベトナム民主共和国
ベトナム民主共和国(ベトナム語:”Việt Nam Dân Chủ Cộng Hòa”、漢字では越南民主共和と表記)は、1945年のベトナム八月革命によって、ベトナムに成立した、東南アジア最初の共産主義国家。第一次インドシナ戦争の結果、1954年以降は暫定的に、「軍事境界線 (ベトナム) 北緯17度線」以北のベトナムのみを統治した為、北ベトナムと別称される。1976年に南ベトナム共和国 南ベトナムを吸収併合したことで、ベトナム社会主義共和国として発展的に消滅した。1940年代前半まで仏領インドシナの一部であったベトナムでは、第二次世界大戦末期に日本軍の「仏印処理」でフランス植民地政府が解体され、親日傀儡国家であるベトナム帝国が成立した。その後、1945年に日本が連合国に降伏すると、ベトナム独立同盟会(ベトミン)はインドシナ共産党の主導下で八月革命を引き起こし、ベトナム帝国からの権力争奪闘争を各地で展開した。そして、同年9月2日に、ホー・チ・ミンがハノイでベトナム民主共和国の建国を宣言した。
ベトナムの地方行政区画
ベトナムの地方行政区画(べとなむのちほうぎょうせいくかく)は、3級制で省レベル(第一級行政区)、県レベル(第二級行政区)、社レベル(第三級行政区)に分れる。より大きな単位として、全国を8つの地方に分けることも多いが、これは正式な地方行政単位ではない。アジアの地方区分 へとなむ
ベトナムの地理 ちほうきようせいくかく
Administrative_Gliederung_Vietnams
Administration_du_Viêt_Nam
ko:베트남의_행정_구역
pt:Subdivisões_do_Vietname
vi:Phân_cấp_hành_chính_Việt_Nam
zh:越南行政区划
ベトナム八月革命
ベトナム八月革命(ベトナムはちがつかくめい)は1945年8月ベトミンが行った総蜂起による権力奪取。その結果、ベトナム民主共和国が成立したが、フランス植民地主義のインドシナ復帰によって血みどろの抗争となり、第一次インドシナ戦争にもつれこんだ。フランスの植民地支配からの独立をめざすインドシナ共産党は第二次世界大戦勃発やフランスの対独降伏によって動揺するインドシナ植民地政府に対する人民蜂起を指導したが、いずれも失敗した。やがてヴィシー政権と結んだ日本軍の仏印進駐により、インドシナ共産党は日仏のファシズムと直面することとなった。
1941年2月、コミンテルンの指導を受けたホー・チ・ミンが中国経由で帰国すると、中越国境に近いカオバン省の山中に基地を置き、直接ベトナム革命を指導することになった。ホー・チ・ミンはより広範な人民大衆を結集して反仏抗日民族統一戦線を樹立するために同年5月19日、ベトナム独立同盟、略称ベトミン(越盟)を結成した。ベトミンは重慶駐在の米国情報機関OSSから武器援助をうけるなどしてゲリラ闘争を行い、山中に革命根拠地を拡大したが、平地の日仏軍には対抗すべくもなかった。
ベトナム共和国
+ Vit Nam Cng Hòa公用語
ベトナム語
サイゴン
南ベトナムの指導者 最初の大統領
ゴ・ディン・ジエム
南ベトナムの指導者 最後の大統領
ズオン・バン・ミン
統治区域
南ベトナム地域注
- 宣言
- 消滅
ベトナム国の体制転換による
1955年10月26日
1975年4月30日
ベトナムに平和を!市民連合
ベトナムに平和を!市民連合(ベトナムにへいわを!しみんれんごう)は、日本における代表的なベトナム戦争反戦平和運動団体。略称は「ベ平連(ベへいれん)」。運動団体といっても規約も会員名簿もなく、何らかの形で平和運動に参加した人や団体を「べ平連」と呼んだ。1965年2月7日に開始されたアメリカ軍による北ベトナムへのいわゆる「北爆」など、アメリカ軍のベトナム戦争に対する本格軍事介入を受けて、作家の小田実が、哲学者の鶴見俊輔や政治学者の高畠通敏とともに1965年4月24日に「ベトナムに平和を!市民文化団体連合」の名で発足させたのが始まりである。
同年、久保圭之介に代わり吉川勇一が事務局長になる。
ベトナムに平和を!市民文化団体連合
『ベトナムに平和を!市民連合』より : ベトナムに平和を!市民連合(ベトナムにへいわを!しみんれんごう)は、日本における代表的なベトナム戦争反戦平和運動団体。略称は「ベ平連(ベへいれん)」。運動団体といっても規約も会員名簿もなく、何らかの形で平和運動に参加した人や団体を「べ平連」と呼んだ。1965年2月7日に開始されたアメリカ軍による北ベトナムへのいわゆる「北爆」など、アメリカ軍のベトナム戦争に対する本格軍事介入を受けて、作家の小田実が、哲学者の鶴見俊輔や政治学者の高畠通敏とともに1965年4月24日に「ベトナムに平和を!市民文化団体連合」の名で発足させたのが始まりである。
同年、久保圭之介に代わり吉川勇一が事務局長になる。
ベトナム帝王一覧
ベトナムの場合は暫定的に独立王朝でなくとも、中国王朝から冊封を受けたり、所謂潜称であったり、また中国の官職を自称した場合も含め政権を樹立したと思われる可能な限りの人物を暫定的に列記している。雒句践(春秋五覇の越王勾践)
雒鹿郢
雒不寿
雒無余
雒無顓
雒無彊
安陽王 蜀泮
南越武帝 趙佗
南越文帝 趙眜
南越明帝 趙嬰斉
南越哀帝 趙興
趙建徳
范胡達
范敵真
ベトナム国
+ Quốc gia Việt Nam公用語
ベトナム語
サイゴン
南ベトナムの指導者 最初の主席
バオ・ダイ
南ベトナムの指導者 最後の主席
ゴ・ディン・ジエム
統治区域
南ベトナム地域注
- 臨時政府
- 公式政府
- 消滅
フランスから
1948年5月27日
ベトナムの歴史
ベトナムの歴史(ベトナムのれきし)では、ベトナムの多数民族であるベトナム人 キン人を中心としたベトナムの歴史について扱う。中世以前の南ベトナムについてはチャンパ王国に詳しく扱われている。ヴァンラン国(文郎国) - 伝説上
アン・ズオン王(安陽王) - (? - 紀元前208年 前208年):伝説上の国家とする考えが有力。
北属期(中国秦王朝による支配) - (紀元前214年 前214年 - 紀元前207年 前207年)
南越国 ナムベト王国(Nam Viet、Trieu、趙朝、趙氏南越国) - (紀元前207年 前207年? - 前111年)
北属期(漢から唐までの中国王朝支配期) - (紀元前111年 前111年 - 938年)
チュン姉妹 チュン氏(徴氏) - (40年 - 42年)
ベトナム史
『ベトナムの歴史』より : ベトナムの歴史(ベトナムのれきし)では、ベトナムの多数民族であるベトナム人 キン人を中心としたベトナムの歴史について扱う。中世以前の南ベトナムについてはチャンパ王国に詳しく扱われている。ヴァンラン国(文郎国) - 伝説上
アン・ズオン王(安陽王) - (? - 紀元前208年 前208年):伝説上の国家とする考えが有力。
北属期(中国秦王朝による支配) - (紀元前214年 前214年 - 紀元前207年 前207年)
南越国 ナムベト王国(Nam Viet、Trieu、趙朝、趙氏南越国) - (紀元前207年 前207年? - 前111年)
北属期(漢から唐までの中国王朝支配期) - (紀元前111年 前111年 - 938年)
チュン姉妹 チュン氏(徴氏) - (40年 - 42年)
ベトナム航空
ロゴロゴサイズ
航空会社=ベトナム航空
保有機材数=42
目的地=26(国際線)+17(国内線)
IATA=VN
ICAO=HVN
コールサイン=VIETNAM
親会社=Vietnam Airlines Corporation
設立日=1956 (エア・ベトナム創立から起算)
本拠地=ハノイ
代表者=Pham Ngoc Minh (范 玉明)
ハブ空港=タンソンニャット国際空港 (ホーチミン市 ホーチミンシティ)
ノイバイ国際空港 (ハノイ)
マイレージサービス=w:Golden Lotus Plus ゴールデン・ロータス・プラス
航空連合 スカイチーム(加盟予定)
ウエブ http://www.vnjpn.co.jp/
ベトナム航空(Vietnam Airlines; ベトナム語:Tổng công ty Hàng không Việt Nam, 漢字: 総公司航空越南)はベトナムの国営航空会社。1956年にベトナムの旧宗主国フランスから、ハノイ・ザラム空港の返還時に創設されたベトナム航空局を母体として、1989年4月設立された。
ベトナムの鉄道
ベトナムの鉄道(べとなむのてつどう)では、ベトナム ベトナム社会主義共和国の鉄道に関して著述する。ベトナムの鉄道は、ラオス・カンボジアとともにこの地帯がフランス植民地の仏領インドシナの時代に多くが開業した。その初めとなるものは、中国(当時は清 清朝)南部で当時フランスの影響力が強かった昆明からハノイまでを結ぶ鉄道で、そのうち現在のベトナム領にあたる部分は1905年に、全線は1910年に開業した。軌間は山岳地帯の鉄道でもあったため速く建設できるように1000mm(狭軌・メーターゲージ)のものが使われ、以後のベトナムの鉄道もこの軌間で建設されていくようになった。
ベトナム和平協定
『パリ協定 (ベトナム和平)』より : パリ協定は1973年1月27日、パリにてベトナム民主共和国、ベトナム共和国、南ベトナム共和国、アメリカ合衆国の間で調印されたベトナム戦争終結を約した協定。ベトナム和平協定とも。協議においては、南ベトナム解放民族戦線(ベトコン)は独立党とみなされた。南ベトナム政府は南ベトナム解放戦線を北ベトナムにより送り込まれたスパイであるとみなしてした。北ベトナム側は同様に南ベトナム政府をアメリカのスパイ・あやつり人形であると考えていた。北側と南側はパリ平和会議で代表団が用いる机の形をめぐって数ヶ月も論争を繰り返した。北側はベトコンを含んだすべての代表が公平に扱われるように円形テーブルを用いるよう主張した。それに対し、南側は矩形のテーブルに固執した。結果として、北ベトナム政府と南ベトナム政府の代表が円形テーブルに座り、それ以外の代表は円形テーブルの周囲に配置された矩形テーブルにつくことになった。
ベトナム戦争を扱った映画
ベトナム戦争を扱った映画の一覧。当事国の一国であるアメリカで数多く作られたが、ベトナム戦争そのものが冷戦下でのアメリカのナショナリズムが引き起こしたともいえる戦争であるため、アメリカによる国威発揚の目的で撮られたプロパガンダ映画である『グリーン・ベレー』など一部をのぞいて、戦争に批判的、厭戦的、あるいは反戦を目的とした内容のものが多い。娯楽映画に設定だけを取り入れた作品やベトナム戦争をとりまく世相を反映した作品もあり、このジャンルの厳密な線引きは難しい。アメリカ以外の映画には製作国を記載。裏切り部隊 (1964)
肉弾08作戦 (1964)
虐殺部隊 (1965)
ベトナム戦争の混血児問題
ベトナム戦争の混血児問題とは、ベトナム戦争に赴いた参戦国の兵と、ベトナム人女性の間に生まれた子供についての諸問題のことである。ベトナムと韓国では、韓越混血児を『ライタイハン』と呼んでおり、ライはベトナムで軽蔑の意味を含めた「混血雑種」、タイハンはベトナムにおける「韓国」の名称である。現時点では、韓国政府から被害者や混血児に対する謝罪や補償は、行われていないが、最近、韓国人(父親)が認知しない場合でも、写真など客観的に関係を立証する資料があれば国籍を付与する法案を積極的に検討する事にした。日本に対して謝罪と補償を求める一方で、ベトナムに対しては補償はおろか謝罪すら行わないことは二重基準との批判は免れない。一方で,韓国軍兵士による犯罪行為を持ち出すことで日本軍兵士による犯罪行為を(あるいは,日本軍兵士による犯罪行為を持ち出すことで韓国軍兵士による犯罪行為を)相対化し矮小化しようとする動きがあることに対しては,フェミニストを中心に国内外から強い反論がなされている。
